麻雀本

2017年7月21日 (金)

【麻雀本】牌効率の教科書として

俺もこの本はめっさ使えると思う。
牌効率の基礎を固めるために。
基礎っていうより、応用まで含むか。

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2017年7月20日 (木)

【麻雀本】「ウザク本2」先行販売

麻雀 定石「何切る」301選の先行販売です。

7/22(土)1300~1500 ジャンナック(日吉)

7/23(日)1800~2000 赤まる(赤坂)

各30冊。

それ以上の数は持ってないので、あとは正規の発売日(7/25)前後から。

7/25(火)、7/26(水)、7/27(木)、7/28(金)、7/29(土)、7/30(日)あたりに、また路上販売します。

予定を組んでおいて言える立場じゃないんだけど、書店さんを出し抜く気はないので、先行販売するのは気がひけるわ…。

ちな、ジャンナックのカードの問題は、ウザク本2のQ299を少しズラして作りました。
よりクイズ的にするために。
変えちゃってウザクさんすいません<(_ _)>

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2017年7月17日 (月)

【麻雀本】ゴミカスウンコ雑魚チンカス野郎

アマゾンの現代麻雀押し引きの教科書についてのレビューから。

* * *
(前略)
問題に対する作者の一言が「これくらいは出来て当たり前ですよねぇ?」とか「これを振り込むようでは弱すぎます」というようにいちいち腹が立つ言い方をするのもイラっとくる。

私のようなゴミカスウンコ雑魚チンカス野郎はその当たり前のことが出来ずに悩みに悩んでこの本を買っているのだから、少しは読者の心情というものを慮ってほしい。
* * *

ううう、申し訳ないです><

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2017年7月13日 (木)

【麻雀本】ウザク本2ポップ

ウザク本2のポップが届いた。

Photo

どう使えばいいんだ?( ̄w ̄)プッ

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2017年7月12日 (水)

【麻雀本】増刷の難しさ

とある出版社の営業系の偉い人に聞いた。
「〇〇の増刷はないですか?」と。

すると、何もないときに増刷しても、取次が本屋に送ってくれないと。
そして書店も置いてくれないと。

書店から注文がくる形じゃないと難しいけど、書店はそう簡単には注文を出さないという。

なので、ただ増刷しても流通させるのが難しいということだった。
単純にほどほどニーズがあるから増刷できるもんじゃないんだな。

なるほどね。
出版社は自分のとこのすべての本を本屋に置きたいわけだが、本屋の方はパンク状態。
なので、出たばっかで売れてる最中の本だったら違うけど、ちょい前の本は増刷しても流通させるのは難しいらしい。
たとえロングセラー化してるやつでも、本屋の方から名指ししてくれない限りは。

「やるなら同ジャンルの△△を出すときでしょうね」と。
そういうときは、取次や本屋は扱ってくれるのかって聞いたら、少しはマシだと。

あの本を買いたいって過去の本について言われることもあるけど、出版社の方でも、増刷したとしても本屋に置いてもらうのが難しいのだという。
つまり、スタートダッシュしかないと。

たとえば新潮文庫みたいに本屋に棚が確保されてるやつはそこに過去の本も置いてもらえるけど、そうじゃない単行本は居場所を確保するのが難しいんだな。

本は難しいわ。

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【麻雀本】ありがたい著者

ウザクさんがウザク本2の即売会用のポスターを作ったらしい。

すげーなぁ。
俺も即売会はよくやるけど、ポスターなんて作ったことない。

こういうのって、出版社から見ると一番ありがたい著者。

著者ってのは、いい本を書けるかが9割。
その後の販売活動は出版社のお仕事。

…なんだけど、今はネットの時代で、著者の販促活動って効くことが多い。
出版社の宣伝には興味ないけど、著者からなら買ってもいいって人は少なくない。

なので、売ることに熱心な著者って、ものすごくありがたい存在だし信頼もされる。

よく、一冊でいいから自分の本を出したいとか、自分の生きた証として本を出したいという人がいる。
そういうのは強いモチベになるから、出版社の編集から見たらいいことなんだが、それがいい著者につながるかというと、出版社の営業から見た場合はそうでもない。

出すことが目的だと、そこまでなので。
一番ありがたいのは、売ることに強いモチベを持ってる人なんだよな。

ウザク本1のとき、俺が手売りしたのは100冊くらいで、ウザクさんは250冊くらい(フリー雀荘に置いてもらう手はずつけたやつが多い)。
すごすぎる(ノ゚ο゚)ノ オオオオォォォォォォ-

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【麻雀本】ウザク本2表紙の最終版

ウザク本2が印刷所に入った。
やることはすべて終了。

これ↓が最終版の表紙。

Photo_2

これ↓がアマゾン等に出てるもの。

Photo

見比べてみると、帯のシンプルさが違う。
あまりゴチャゴチャさせず、一番アピりたいことを簡潔に見せることが大切。

赤い色の鮮やかさも多少違ってるように見えるけど、それは本当に違うのか、この画像を取ったときの環境等によるのか不明。

今回のアピールポイントは、実戦で出現頻度が高い形をできるだけ選び、成績に直結する「何切る」ばかりにした点。
難問はほとんどなく、前作よりやさしい。
だから「定石」。

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2017年7月10日 (月)

【麻雀本】著者の執念 その3

麻雀 定石「何切る」301選の第四校ゲラのチェック。

ワード原稿→ゲラ(初校)→ゲラ(再校)→ゲラ(三校)→ゲラ(四校)と進んできたやつ。

俺は前回に赤を入れた箇所がちゃんと直ってるかしかチェックしなかったんだが、ウザクさんは相変わらず新規の直しをいっぱい(;^ω^) → 第4稿

まず、ここ↓のスペースの幅がページによって違ってる件。

Photo

これは気が付いたら当然直すけど、よく気づいたなw

つぎに、ここ↓のインデックスの位置が違ってた件。

Photo_2

これもよく気づいたな~w

そして、ここ↓の牌とひらがながくっついてる件。

Photo_3

細かいw

あとは、ここ↓の5巡目を4巡目に変えるとか。

Photo_4

どんだけ細かいねん( ̄w ̄)プッ

そして…、全ページのイラストの入り方が気に入らないと。

具体的には、こうなってるやつ↓

Photo_5

下が切り落とされて、こうなる↓

Photo_6

丸をつけた箇所は完全には消えず、この入れ方は中途半端であると。

これ↓は青線の箇所で切られる。

Photo_7

すべてのイラストを、下が切れないように縮小して入れた方がいいと。
下の丸い部分まで入った方がかわいいと。

手牌と頭との距離もやや近すぎるので、そっちももうちょい離して小さくせーと。

今になって全ページのイラストの入れ方まで言い出しますか( ̄w ̄)プッ

下が切れるように入れるのは、出版におけるセオリーなんだけどね。

これは数が多いので、直せるか俺には判断できない。
出版社の人と直で話してくれと頼んだ。

結果、イラストは多少縮小することにして、ただし下側はやはり立ち落としにすることになったそうな。

んで、これがすべて直ってるかのチェックは、もう俺は飛ばして出版社の人と直でやってもらうことにした。
俺は結果としてできあがれば何でもいいわ( ̄w ̄)プッ

というわけで、俺的にはウザク本2は終了。

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2017年7月 7日 (金)

【麻雀本】著者の執念 その2

【麻雀本】著者の執念のあらすじ↓

著者というのは細部にこだわるもので、そのこだわりが緻密さを上げていく。

それは具体的にはどんな感じか?

なんだYO!
女の好みかYO!
イラストについては俺を飛ばしてやってもらったので、俺も知らなかったYO!

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【麻雀本】著者の執念

麻雀 定石「何切る」301選で、ワード原稿→ゲラ(初校)→ゲラ(再校)→ゲラ(三校)と作業が進んでて、そのつど気を抜かずに修正しまくっている。

にも関わらず、ゲラ(三校)に対するウザクさんの修正がこれ

すごい執念だわ。
また問題の差し替えがくるとは思わなかった。

こういうのを嫌がる編集者もいるんだよな。
直したって直さなくたってたいして変わらねーじゃねーかと。

自分で書かないやつにはわからねーんだわ。
(自分でも書く編集者にはわかる)。

こういう執念があるからここまで仕上がってきてるわけで、最後だけ見て、たいして変わらないって思うのは、著者のボタンを押しさえすれば一定以上のクオリティのものがポンって出てくると思ってるんだろう。
自分では書かないから。

編集者(の多く)や校正者は、正しいか?という観点からしかチェックしないが、著者は、もっと良くなる部分はあるか?って観点からチェックする。
だから修正が増える。

内容の良し悪し&大きな方向性は最初のアイデアだから、こういう努力とは無関係。
いくら頑張ったって、最初の方向性が悪かったら駄目だ。
なので、こうした努力が本の良さを保証するわけじゃない。

ただね、緻密さは重ね塗りする努力によってしか成立しないんだよな。
必ずしも最初からスパッとしたアイデアが出てるわけではないから。

ちなみに、俺もけっこういっぱい修正を入れた。
「あわてて」という表現が本の前半と後半に1ヵ所ずつあって、一方が「慌てて」で、もう一方が「あわてて」だったから、それをひらがなに統一するとかさ。
こんなのは自己満にすぎず、「俺はちゃんと仕事してるぞ」って思いたいだけだな( ̄w ̄)プッ

意味ある修正は著者にしかできない。
ただし、できてるものの精度がそこまで高くなかったら、俺もむちゃくちゃ修正するけどね。

俺がウザクさんに校正を頼むようになったのも、同じ理由だ。
ウザクさんにギャラを支払う分だけ印税は減るから、自腹を切ってるのと同じで、ふつうなら頼まない。

正しいか?って観点からチェックするのと、もっと良くなる部分はあるか?って観点からチェックするのは違うので、自分の負担を減らしたかった。
全部自分でやってると、もっと良くなる部分はあるか?って観点からのチェックは甘くならざるを得ないから。

デザイナーの方からすると、最初から完璧な原稿を書いとけよ!ってなるだろうけど、ページに組んでみないと見えてこないものも多い。
できるだけ原稿段階での精度を上げておくことが後半の作業を楽にするから、書きっぱなしでデザイナーに渡すのはありえなくて、自分基準としては渡す前から十分チェックしてる。
ある程度はしょうがないんじゃないかと思う。

こうやって本という形になってるモノと、ネット上にあるコンテンツとでは、かかってる手間がまるで違ってて、仕上がりのレベルも違う。
しかし、その違いは目に見えず、手間のぶんだけ評価されるわけでもない。
大事なのは質じゃないかと思うんだけど、世の中の人は質に甘いなぁと思うわ。
駄目なモノにあまり怒らないもんな。

質にこだわる人とこだわらない人では学習効率が違ってて、その人の見識が努力結果に大きな影響を与えるって側面はあると思うけど。

そして、こうやって本という形にコンテンツを凝縮的にまとめ上げる形態は、だんだんなくなっていくんだと思う。
まあしゃーないね。
時代の流れだ。

…いかん、こんなどーでもいいこと書いてないで、仕事せにゃ><
それこそヤバイ(´;ω;`)ブワッ

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