教育

2016年5月 3日 (火)

【教育】有利子奨学金

路上生活する人も‥奨学金を返済できない若者が深刻すぎる

こんな風↑に語られる奨学金ですが、

奨学金が「貧困ビジネス」と言われる根本原因

この記事↑に出てきたこのグラフ↓がヤバすぎる。

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第1種奨学金とは無利子のもの。
第2種奨学金とは有利子のもの。

2000年代に入ってから、有利子が爆発的に増加。

奨学金という名前でも、延滞金とか厳しく取られるから、単なるローンだ。
完全に金融業界のカモじゃねーか。

しかも大学の学費は、これからさらに上がっていく。
若者の亡命とか逃散とか革命とか起きないの?

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2015年12月28日 (月)

【教育】奨学金の悪魔

多額ローン、就職先はブラック…Fランク大学卒業生の厳しい現実〜なぜ入学者減らない?

大学職員として、すごいシビアに働いてるダチもいるから、勝手なことを書きにくい。
書きにくいけど、大局的に見るなら、国、大学、高校がタッグを組んで、無知な消費者をだまして、大学という名の産業を保護してるとしか言いようがない。

上の記事ではFラン大学の話になってるけど、他の大学だって一緒だよね。
違うのは、いいところに就職できる可能性だけで。

ホント、奨学金って名称は詐欺に近い。
高校と大学が力を合わせて、生徒の人生を終わらせようと勧誘してくる。

大学進学率の上昇というのは、裏から見ると、貧困ビジネスの蔓延だ。

その一方で、Fラン大学の職員からすると、必要なことは、教育というより生活指導だという。
朝起きる、歯を磨く、学校に来る、ちゃんと挨拶する、黙って話を聞く、自分の意見を言う。
そういう訓練がまるっきりできてない動物を、いかに人間にするか。
それががFラン大学のミッションであり、それは確かに必要な存在に思われる。

というわけで、最低限の社会性を身につけるため、借金を背負っていいかって問題になる。
さて?

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2015年10月29日 (木)

【教育】悲惨な奨学金

俺の親としての数少ない自慢は、奨学金を借りさせない前提で、子どもの進学問題を考えたことだ。

ここ↓にあるように、
【驚愕】奨学金を返済している人々の生活が悲惨すぎる・・・・

今の奨学金って実態は学生ローン。
この低金利の時代に高利貸しだったりする。

働き始める前に借りても大丈夫な額って、最大で300万までだろう。
それでもきつい。

まっとうな職に就けない可能性がふつーにある世の中で、社会に出る前から800万とかの借金を背負っちゃって大丈夫なのか?
そういったことを、まだ働いたことないガキはわかってないから、ちゃんと説明してやらないと人生が終わる。

今の時代、経済的理由で大学にも専門学校にも行けないのは厳しいものがあるけど、だからといって莫大な借金を背負っていいのかって問題に気づかせてやらないと。

なんだかよくわからないまま進学しちゃって、40代前半くらいまで、借金に押し潰されそうな生活を送るハメになる。

世の中をわかってない若者に貸し付けて、20年にも及ぶほどの借金人生を送らせるわけだから、タコ部屋に放り込むのに近いものがある。

教育産業と金融産業がタッグを組んで、若者を食い物にしてるわ。
世界的に見て、こんな国はたぶんアメリカと日本だけなんじゃないかね。

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2014年8月23日 (土)

【教育】教育費破産

急増する教育費貧乏~現代ニッポン 新たな貧困の形~

世帯年収1300万の一人っ子で破綻か~。
こーゆー人はけっこういそう。
子どもがガキンチョのうちは、習い事やら私立に入れたりやら、優雅に金を使っちまうんだよな。

世帯年収がもっと少ない二人っ子家庭は、どうしろっていうんだろーね。
女はすぐ、兄弟姉妹がいたほうが幸せとか言うからなぁ。

とにかく日本は大学4年間にかかる金が高すぎるわ。

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2014年7月27日 (日)

【教育】親の差はでかい

【本】下克上受験へのコメで、

高校受験も大学受験も本人じゃなくて親の影響がどうのこうのってちんこの著作で言ってなかった?

というのがきた。
現実にはけっこうそうなんだけどね。

俺が知ってるケースで、高校生のとき、塾をやめてパパ指導に切り換えたら、それが一番効果的で、東大に入った女の子がいる。
女の子本人が、パパが一番使えたと言ってる。

その塾ってのが、鉄緑会みたいな強力なやつだから、さすがに驚いたわ。
成功してる自営業で、会社は人に任せられるから、時間の余裕がある。
それにしても、すごすぎるケースだ。
私大対策ならけっこう簡単だけど、東大と京大の傾向と対策は経験者じゃないとなかなか難しい。
なんちゅー優秀な父ちゃんだ!

こーゆーのって、生まれたときから孔明を部下に持ってる劉備みたいなもんだよね。
他の劉備とは条件が違いすぎる( ̄w ̄)プッ

女の子ならではのケースって感じもするけど。

ふつーの人からしたら、親の立場としても、子の立場としても、なんじゃそりゃ!とむかついてしまいそうだけど、現実にそういうことはあったりするから、しょうがない。

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2014年1月28日 (火)

【教育】学生時代のバイト経験は役に立つか

2つの立場がある。

とある人は、働くようになって役立ってるのはバイトの経験。
勉強よりよっぽど。
そんなことを言う。

とある人は、学生時代は勉強が本業。
バイト経験を推奨するなど的外れもはなはだしい。
そんなふうに言う。

どっちが正しいのか。

じつは、この正反対の意見って、言う人の職業によってはっきり分かれる。

前者はかならず民間。
小企業はほぼこっち。
自営業、自由業などは99%こちら。

後者は公務員や、NTTみたいな超巨大企業の人。
お役所的な団体職員などもこちら。
あとは理系の人。

ふつーの中~大企業のリーマンは、どっちもいる。
やや前者寄りかな。

ただ最近は、学生が真面目になるにしたがって、バイト推奨派は時代遅れになりつつある印象だ。

つまりね、学生が将来どっち系の職種に就くかによって、バイト経験は正反対の評価になる。
だから一般論としては意味がない。

いや、意味がないというより、こういう問題の立て方は嫌いなんだわ。
前者には、自分の経験が誰にも通用すると思っている楽天的な傲慢さを感じる。
後者には、世の中は決まりで回ってる的な、お役所的な思考を感じて。
世の中って、そーゆー側面はせいぜい半分くらいだろ。

日本の大学って、国家に必要な人材を養成するため、明治時代前半にあわてて作られた。
医師とかね。
だから、国が養成する必要を感じなかった職種に関しては、役立つコースがない。
商売する人とか。

文系学部ってリーマン養成所みたいに言われるけど、実際のリーマンからしたら、たいして役立つことやってないでしょ。
じつは対象外だから。
ビジネスなんちゃら学部みたいなのって、国立大学にはなくて、最近になって増えたもんだよね。

だから、国が養成する系の仕事に就く人には大学の勉強って役立つけど、そうじゃない人は、自分で体験したり勉強するしかないんだよね。
制度の根本からして。

これは大学だけじゃなくて、小中高まで根本は同じ。
シビアなビジネスの現場で生きてる人が、自分の子どもを入れたい学校を探したとき、国内には全然ない。
民間のことは基本的には対象外だから。

学校の勉強は、なぜあんなに役立たないのかって、よく言われる。

たとえば数学。
小学校の算数はむっちゃ役立つけど、中学以降の数学って大半の人にとっては一生使わないでしょ。
そんなことを勉強するより、借金したときの複利の計算とか叩き込まれたほうが、よっぽど役に立つ。
住宅ローンの仕組みとか、リボ払いのシステムとか。

これは昭和20年代に教育学上のでかい論争があって、生活に直結する知識派vs思考力の養成派で論争した結果、思考力派が勝った。
だから、方程式やらの実用性ない勉強を、えんえんとやらされることになった。
民間派に公務員派が勝ったわけだ。

体育って科目が作られたのは、日清戦争から日露戦争と、戦争ばっかしてる時期のこと。
兵隊に取ったとき、最低限の体の基礎はできてねーと困るぞって理由からだった。
これは、かなり効果があったらしい。
それ以前は、ラジオ体操レベルもできないガキがいっぱいいたんだろーね。

まー、そんなウンチクはいいや。
本題は、学生時代のバイト経験は役に立つかだ。

最近あまり見なくなったけど、以前はこの問題について、新聞などで、面白い職業の人に体験コラムをよく依頼してた。
映画監督とか。
すると、かならず学生時代のバイト生活が、いかに今の仕事に直結してるかって話を語る。

でもね、そーゆー仕事に就いてる人は、よく言えば天才、悪く言えばそれしかできない馬鹿、ニュートラルに言って特殊な人だ。
それを一般化してもしゃーない。
俺のダンスの先生は、大学のHPの卒業後の進路って項目に、ダンサーって書いてあった。
かっこよすぎだが、どう見たって一般的じゃねーよw

ホリエモンみたいな人は、どんな時代だって、自分の才覚でどうにかするでしょ。
でも、みんながホリエモンみたいに生きられるかといったら、そんなはずはない。

漫画の「課長島耕作」に、学生時代は肉体労働のバイトばっかでって話が出てくるけど、あれは大学進学率が10%前後だった世代の話だから、苦労話を装った自慢話にすぎない。

若い人は、好きなこと、やりたいことを仕事にしたいという夢を描くと同時に、そんな途方もないことが可能なのかって疑問を抱く。
多くの人が通る道だ。
答えなんかあるわけない。
結局どういう道に行くかによって、それまでの経験が活きるかどうかは正反対だ。

俺は、やりたいことをやるしかないんじゃね、人生ってそーゆーもんだろって思うけど、これも、なんとかなった立場ゆえの傲慢さかなーとは思う。
自分の娘1号に対しては、バイトしろともするなとも言わなかったな。
大学以降は、ふつーよりほんの少し多めのこづかいをあげるように意識した。

以上は大学時代のバイトの話。
話長すぎなんだが、高校生の場合は事情が大きく違う。

教育の本に書いた話なんだけど、以前知り合いが言ってたこと。

「中学生の娘に、高校に入ったらバイトしまくって、携帯代も自分で出しなさいって言って聞かせてるの。
自分も高校時代はバイトばかりで、学校には寝に行ってるようなものだったけど、そのときの経験が今もすごく役立ってて、それは一生の財産だと思ってる。
学校では学べないものを学べるからって」

この発言を聞いたとき、職業が再生産される瞬間を見たような気がしてしまった。
高校生が、夏休みなどの単発バイトならいいけど、定期バイトするようになったら、将来は高い確率で、販売などの非正規雇用職になる。

受験勉強って馬鹿にならないとできないもの。
意識的であれ無意識であれ、大学に入学するまでは、温室を出ないほうが得するのが日本の教育制度だ。
自分で稼ぐって、温室を出て野性になることで、そうなったら受験勉強なんて馬鹿馬鹿しいことはやってられない。
金のありがたみを知るってのは、大人になること。
彼らは大学に行く人たちよりも一足先に大人になるんだよね。

ホリエモンの学歴が高校中退だったとしても、彼は同じような生き方をしてるだろうけど、今よりも苦労は10倍多かったろう。

つーわけで、自分自身の経験も書いてなくて、この問題に関してはいくらでも語れるんだが、もういいかげんにしとこう。
なぜ、今になって教育カテゴリなんて書いたのか。
理由は2つあって、ひとつには、ツイッターで知り合ったニセ弟とのきっかけが、この問題に関してだったから。

ツイッターで、学生時代のバイトは役立つか論争やってて、俺はそんなの職業属性によって正反対だよってツイートした。
公務員系と自営系を両極端として。
そのツイートがすごくリツイートされて、そのときが、ニセ弟との最初のやり取りだった(おぼろな記憶では)。

そして、もうひとつの理由は、例によって仕事からの逃避ですね><

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2011年2月21日 (月)

【教育】学費という踏み絵

うちの娘1号は19歳の大学1年生なので、かつての同級生とか下級生が、どこの大学に受かったとか落ちたという噂が聞こえてくる。

昨日聞いたのは、○○ちゃんが青山学院の国際政治経済学部というところを本命にしてて、受験したときの手ごたえはまずまずだという話だった。

聞いた話では、国際政治経済学部というのは青山学院の看板学部らしく偏差値も一番高い。そして学費も理系なみに高いと。

調べてみると、理系なみに高いというのは間違いで、他の文系学部とほぼ同じだった。初年度130万、以後100万って感じ。4年間で430万だ。

他に、買うべき教材とか交通費とか考えて、4年間で500~600万円というところだろう。

○○ちゃんは自宅→私立文系というコースなので、そんなに高いほうではないのだが、この額を見てあらためて考えてしまった。普通の親というのは、子どもが○○大学の○○学部に行きたいといったら、ポンと500万を出すものなのかと。

これが自宅外→私立理系になったら1000万を超す。いまや大学進学は、不動産についで人生で二番目に高い買い物になった。その不思議な特徴としては、本人じゃなく親が買うってことだ。

よく、結婚したいとか、子どもがほしいとか、家庭があるやつはリア充だろって言う人がいるけど、そんな意見を聞くたびに、「じゃあ、あなたは1000万円出したいんだね?」って思う。実際に、そのための貯金を作ってる人なんて見たことないけど。これが韓国人になると常識が違うみたいで、知人の在日の人は、子どもが小学生のうちから、将来の教育費は別に貯金してあると言っていた。そのほうがまともな発想だと思う。

貯金はないけど結婚したいという女性を見ると、ようするに、1000万払って自分と一緒に子育てしてくれる奇特な男性はいませんか?って意味だよなと思う。

こんな現状は、われわれから見ると当たり前のようだけど、諸外国を見ると、こんな制度は日本と韓国とアメリカだけ。他の国では、大学進学の値段はこんなに高くない。

残酷な制度だなと思う。

たとえ親がその程度の金は出せたとしても、そのために金を使い果たしてしまうと、今度は、子どもが将来、親の老後のために自分の金を使い果たせるかという踏み絵を踏まねばならない。その子にとっては、自分の子の教育費と、親の老後の世話の二者択一という状況にもなりかねない。愛情を金で試す制度は残酷だよ。

こういう話を聞くと、普通の若いやつはたいてい落ち込む。たとえばウシジマなら、それだけ金かけられても、俺は就職先をすぐ辞めちゃったし、結局何も身についてないしと。そういう深刻さも、この厳しい踏み絵が生み出したものだ。人生そんな計画的にいくわけないんだから。

俺も大学はずっと留年しまくりで、その学費を親に払ってもらって、のうのうと麻雀ばっかしてた。親は「育て方をどこかで間違えたんだろうね」って毎晩反省会だったらしいけど、まあしょうがないよね。自分の人生は自分のもので、親に反省される筋合いはない。

もう一度、親の側の視点に戻ると、現実には、子どもが大学に行きたいと言い出したとき、その金をどう工面しようかと苦労するって話は、そこまで多くはない。みな、その時期にはもう現実に着地しているから。

だいたい、金がない家庭の場合は、子どもが最初から大学なんて考えず、高校時代からバイトに走る。大学に行こうって子とそんなこと考えない子では、進む高校も違ってくるし、日常からまるで違った生活をしている。大学に進むか否かって選択は、高2や高3でなされるものではなく、中1や中2でなされる。いや、もっと早く、子どもが生まれる前から親の意識の中で決まっているとすら言える。

こうして、どんな家庭に生まれるかによって、子どもの将来の半分くらいは決まってしまう。

こういう話になると、よく格差肯定論者は、金がなくたって大学進学はできると言い出す。典型的なパターンだ。この考え方自体が、大学に進むことを当然だと考えてる側の発想なんだよな。

そもそもさ、微分積分のやり方とか英単語を頭に詰め込むなんてのは、ずいぶんあとの話で、そんなことよりも100倍大事なのは、「努力」とか「協力」とか「対話」を学ぶことだよね。

コツコツがんばると、できないこともできるようになる。これは幼児期からくりかえし学ぶべき最重要なことのひとつ。何かをがんばったら、しばらくしてようやくできるようになる。そのとき「○○ちゃん、よくできたねー。パチパチパチ」と言ってくれる大人がいるかどうか。その役割を果たすのはたいてい親なので、親がそう言ってくれるかどうか。その違いってものすごく大きい。底辺高校に行くと、そういう経験のない子どもたちがいっぱいいる。

「努力」ってもの自体が、後天的に学習することだ。なので、努力が足りないから馬鹿は馬鹿なんでしょというのは、格差肯定論者がトートロジー(同語反復)を語っているにすぎない。※ただし、野生動物を考えてみるとわかるように、「努力」って本当に後天的に学ぶものかについては、そう簡単に結論を出せないので、厳密な話はなしで。

てなことを久々に思ってしまったが、そういう話は前に教育の本で書きまくったので、まあ今さらですな。

なお、どうでもいい話だけどさ、ぼくに対して「こいつ、これでも教育の本とか書いてるんだぜ。信じられねーよなー」と言われることがある。そんなふうに言われるたびに、少し悲しい気分になる。

それは自分が悪口を言われたからではなくて、「教育=立派な人がやること」って“常識”を持ち出されてるから。

もちろん、そんなふうに言う人は、自分を立派な人だなんて思っちゃいないだろうし、教育にはひとかけらの興味もないだろう。

俺の本なんて、教育といっても金の話と偏差値の話しか書いてない。どんな分野でも精神論を語る気はないので。

今だって、毎年数十万人のガキが生まれているわけで、彼らをどう処遇して、彼らにどれくらい金を使うべきかって、国としては重要な問題でしょ。若いやつは「国として」なんて言われると、もう自分には関係ないと思っちゃうだろうけど、今が就職氷河期であることや、その他あらゆることが国の問題なんだけどね。俺の本に書いてあるのって、そういった話で、いい人とか立派な人とはまったく関係ないわ( ̄w ̄)プッ

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2009年6月15日 (月)

【教育】授業みたいなもん

本日18時から、東大駒場にて「教育格差ってどんな感じ?」みたいなテーマで、授業みたいなもんをします。参加予定人数は10人弱。

聞きたい人はご自由にどーぞ。無料。あまりいっぱい来ると対応が苦しいかもしれないけど(教室・レジメ)、どーせ誰も来ないから大丈夫やろw

18時に井の頭線の駒場東大前駅(正門側)に集合。すぐにぼくを見つけないと、置いていってしまう可能性があるので注意。使う教室はぼくも知りません。

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2009年4月 1日 (水)

【教育】新書大賞

新書大賞〈2009〉新書大賞〈2009〉

販売元:中央公論新社
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この本の中に、俺の教育格差が日本を没落させる (新書y)が紹介されているらしい。かなりほめられているらしい。

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2008年10月29日 (水)

【教育】地域間格差

昨日発売の「サンデー毎日」(11.9増大号)に、ぼくの談話が掲載された。「人の下に人を作る教育費格差-首都圏90区市本誌独自調査」って記事。ぼくが関与してるところを引用してみよう。

 * * *

住む地域によって、自治体の教育内容に大きな違いがあることは、もはや明らかだ。『教育格差が日本を没落させる』(洋泉社新書)などの著書がある、フリーライターの福地誠氏は、こう指摘する。

「地域間の教育格差は、確実に広がっています。特に東京23区という小さい範囲の中では、中心部と南東エリア、そしてその周辺の北東エリアで、親の経済格差も大きくなっています」

そして、それを測る指標の一つとして就学援助率がある。就学援助とは、就学している子どもを対象に行われている市区町村による金銭などの援助である。

東京23区で就学援助率が最も高いのが47%の足立区、続いて墨田区、板橋区となっている。逆に低いのは千代田区の6%、目黒区の13%、中央区14%と続く。

「就学援助率が70%にまで達したある学校では、鉛筆やノートを持ってこない子がいたり、『夢』をテーマにした作文を3分の1の児童が何も書けなかったといいます。自分の将来をイメージできないのかもしれません」(福地氏)

 * * *

これは取材されたときにしゃべったことじゃなくて、そのとき渡した2年前の本『教育格差絶望社会』に書いたことだね。語ったことになってる小学校の話は、もとは朝日新聞の記事だし。

週刊誌の記事ってもんは、データマンが集めてきた情報をもとに、アンカーマンが一気に書き上げる。ぼくがしゃべったことのメモよりも、本のほうがまとまってて引用しやすかったんだろう。

この記事には、首都圏の市区町村ごとの「小学生一人当たりの教育費ランキング」と「中学生一人当たりの教育費ランキング」が掲載されている。

小学生のトップは東京都港区の181万円。最下位は埼玉県朝霞市の15万円。中学生のトップは東京都渋谷区の330万円。最下位は埼玉県新座市の15万円。どちらも10倍以上の差だ。

自治体による金のあるなしが歴然。港区や渋谷区の子と、朝霞市や新座市の子では、まったく違った環境で育つことになる。なんだか日本もアメリカみたいになってきたなあ。

おそらく、格差って言葉が使われて、こんな記事が掲載されるのも今だけだろう。もうまもなく、そんなの当たり前という認識になっていくはず。

格差を広げて国内に第三世界を作り出すことが、国としては狙いなんじゃないかね。日本はスラムのない国だったけど、できる日が近づいているのかも。

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