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2007年1月の4件の投稿

2007年1月31日 (水)

【教育】安倍教育改革4

いよいよ「日刊ゲンダイ」の連載も最終回。
昨年秋に書いたもので、バウチャー制についての認識などその後新しくなりましたが、根本は変わりません。


安倍政権が誕生して間もない10月末、富山県の高校で発覚してアッという間に全国に飛び火した未履修問題。その後、全国の1割もの高校が該当すると判明した。

この問題の原因は、高校で学ぶ内容が増えすぎたことにある。80年代以降、小中学校で学ぶ内容を減らして、片っ端から高校に送り込んだため、高校はパンクした。けれども、大学入試で求められる水準は下がらなかったから、進学実績を上げたい高校は学習指導要領を守りきれなかったのである。

もう一つの要因として、学校で学ぶ内容と受験で求められる学力がダブルスタンダード化している状況がある。受験対策の比重が高まるのにともなって二重構造が生まれ、教育制度上の歪みとなっているのだ。この問題に対して、伊吹文科相は防戦一方だ。すぐには抜本的な対策は取れそうもない。大学入試改革といっても、今の入試が手抜きというわけではないから、十分検討した上でないと事態は悪化するだけである。未履修は制度としての根幹から来ている問題なのだ。

それでは、安倍政権が教育改革の切り札として掲げる教員免許更新制と教育バウチャー制はどうか。教員免許更新制とは、教員免許は10年ごとに更新しなければならないというもので、不適格教員の排除を目的としている。だが、これは間違いなくマイナスに作用する。たしかに不適格教員がいるのは困るが、わずか数%にすぎない不適格教員を排除するために、全員に研修を課すわけだから、教員はますます疲弊する。いま、学校を飛び回っている書類の量は膨大なもので、先生たちは目の前の子どもと関係ない作業に圧倒的な時間を取られている。必要なのは、むしろ研修や調査を減らすことなのだ。

教育バウチャー制はどうか。これは家庭にバウチャー(金券)が配られ、公立でも私立でも自由に選んで授業料として使える制度だ。非常に大胆な制度変更で、専門家でもその長所と短所について定説はない。現状でわかる範囲でいうなら、これも期待できない。親にとって、子どもの教育環境を選ぶことは重要になっているが、だからといって、すべてを自由選択に任せ流動化させたときに、全体の質は上がるだろうか。公教育は国としてのインフラであって、水道や道路のようなものだ。経済的に余裕がある人もない人も同じように自由競争に任せたら、結果として、豊かな人々が美味しい水を飲み、広い道路を独占する傾向が強まるだけだろう。

教育改革を最大の課題とする安倍政権の姿勢は評価できる。しかし、どの案にも疑問符がつき、貧困家庭が増える一方の現状ではその効果は空しいのである。(おわり)

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2007年1月29日 (月)

【教育】安倍教育改革3

年が明けても「日刊ゲンダイ」の連載から。昨年秋に掲載されたもの。
投稿欄に続きへのリクエストがあり、ビックリしましたです。


安倍首相は首相になる直前、就任したあかつきに行う「教育再生」の案として、びっくりするアイデアを出した。国公立大学の入学時期を4月から9月に変更し、高校卒業から大学入学までの半年間は、ボランティア活動を義務付けるというのだ。

自分でもマズイと思ったのか最近では言わなくなってしまったが、この改革案がいかに愚策であるか説明しよう。

注)別にマズイと思ったわけではないようで、最近でも秋入学は検討課題になってます。

これは実質的な国公立大学の学費値上げである。ボランティアは自分でするからボランティアなのであって、義務付けられたら強制労働にすぎない。入学前に半年間の強制労働が課されるとすれば、卒業するのが半年遅れ、それがそのまま生涯の逸失賃金となる。

国公立大学に入学する者だけ、生涯賃金から半年分を差し出せということになったら、おそらく文系なら実質的には私立大学に進んだほうが安くつく。つまり、現状でも大学進学の費用は先進国のなかでもとんでもなく高いのに、さらに値上げすることになる。

最近では、親から学費だけ出してもらい、生活費は自分でアルバイトして賄っている学生は決して珍しくない。そういった者は国公立大学に入れないことになる。また、住居費負担で考えると、子供が自宅から国公立大学に通える都市部の住人と、そうでない地域の住人との教育環境格差はさらに広がる。

高校では公立はしばりがきついため、進学実績では私立が有利だった。それと同じような公私格差が大学にも導入されることになってしまう。

安倍首相は就任してからはボランティアを課すと口にしなくなった。保守右派だった首相前に比べて、バランス派を意識しているように見える。しかし石原慎太郎都知事にはそんな配慮はないから、東京都では来年度からすべての公立高校で「奉仕」が必修化される。実施する学年は学校に任され、1単位(35単位時間)以上とされている。こんな現実を見ると、アイデアを引っ込めた安倍首相を讃えたくなる。レベルの低い二者択一だが……。

安倍首相がしばしば口にする愛国心も、学校教育で注入するようなものではない。国民が外国に逃げ出しているかどうか、それが愛国心をはかる最大の指標だろう。現状では金持ちが資産ごと逃げ出すケースが目につくくらいだから、サッカーのワールドカップで日本チームを応援する一般庶民は、愛国心に満ちているといって過言ではない。

今すべきは、学費を上げることではなく下げることだ。前途有為な若者たちのために学費を大幅に値下げする。これほど愛国心を感じさせる教育政策が他にあるだろうか。(つづく)

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2007年1月28日 (日)

【教育】老人天国

「最近は国会でも教育の話ばかりしてるけど、話してるのはみんな老人だよね。

公立の学校ってのは、教育委員会が人事とか予算とか重要なことは握ってるわけだけど、教育委員って元校長でしょ。みんな年寄りだよ。若者ゼロ。そんな年寄りばかりが集まって重要なことを決めてたって、上手くいくわけないでしょ。

たとえば防衛省で、定年になった人が幹部になるシステムだとしたら、どうなると思う? じいさんばかり集まって、旧海軍がミッドウエーで失敗した理由は…なんて話しながら方針を決めるわけでしょ。上手くいくわけないよ。

そんな組織ってどこにもないよね。せいぜい、OB連が威張っている大学の体育会くらい。それが教育の現場では行われてるわけだから、上手くいくわけないよ。年寄り連中が集まって愛国心だのなんだの議論してたって、意味ないさ」

とある元高校教師(父ですけどね)が電話で言ったこと。確かにその通りですな。

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2007年1月27日 (土)

【つぶ】過去がみな…

長らく更新をサボってしまった。
「教育」や「麻雀」など仕事の周縁について書くテンションが高まらないのだが、ほったらかしは感じ悪いので、またボチボチ更新していこう。

たったいま思うこと。

「友がみな我より偉く見える日よ」という石川啄木の詩がある。

落ち込んだとき、自分ばかりが駄目なように感じてしまう心境だ。

精神的にはそれなりに大人になったため、他人と自分を比べて落ち込んだりすることはもうない。だが、過去の自分を振り返って、書いたものを読み返し、どうやってこんなに書いたんだっけなぁと思ったりする。

といっても過去のものに満足してるわけじゃない。麻雀はともかく教育に関しては、過去をはるか乗り越えていけるようじゃないと明日はないんだけど。

『天牌』という麻雀漫画に「俺が常に勝負しているのは昨日の自分だ」というセリフがある。ざーとらしい言葉だなぁと思ってたけど、昨日はともかくとして、半年前の自分に負けるようじゃホントどうにもならないよな。

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