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2006年12月の11件の投稿

2006年12月25日 (月)

【教育】安倍教育改革2

いつまでたっても「日刊ゲンダイ」の連載から。


いま教育に関して一番心配なことは何かと、子どもを持つ親にインタビューしてみたなら、まず挙げられるのはいじめだろう。

文科省は10月、いじめの実態を再調査すると発表した。1999年以後は「いじめを理由とした子どもの自殺」はゼロだという統計は、さすがに都合が悪いと思ったようだ。これでは、これまで学校がいじめを隠蔽してきたと認めたことになる。

いじめや不登校を報告すると、校長や教頭は学校経営能力がないことになり、給与を下げられる人事制度が90年代に導入された。それをキッカケに、学校は隠蔽体質になっていった。教員にしても、いじめを報告すると膨大な調査を課されるため、ことなかれ主義に陥っていた。学校はそんな病に侵されていたのだ。

それでは、安倍政権はこんな過去の“遺産”を改善していけるのだろうか。それを考えてみよう。

まず、問題が大々的に報道され注目されたことにより、隠蔽体質にはメスが入れられるはず。だから、短期的に見るなら状況は改善される。

だが、長期的に見るなら、いじめが減るとは考えにくい。というのも、いじめに特効薬はなく、学校の風通しをよくしながら、教員と家庭のチームワークで子ども集団に目をかけていくしかないからだ。そうするだけの余力が、いま学校や家庭からますます失われていきそうな状況にある。

子どもがいじめにあったとき、「世界を敵に回しても、お前を守ってやるからな」と親が言ってくれるかどうか。これはものすごく大きい。だが、現実にはそんな親は減っているのだ。借金に追われている親が、子どもの友人関係に気を配るだろうか。また、昼も夜も働いているシングルマザーが、子どもの悩みをゆっくり聞いてやれるだろうか。子どもがいじめにあったとき、親がセイフティネットとして機能するのは、経済的・時間的に余裕のある家庭だけなのである。

小中学生の親ならたいてい感じていることだが、いじめを呼び学級崩壊の原因となるのは、多くの場合は貧しい家庭の子だ。幼児期から親が家にいないまま放っておかれた子たちが少なくない。そんな子を生み出さないことが、いじめ問題の根源的な対策となる。経済格差の拡大を止めるしかないが、その対策は取られる見通しもない。

また、教員側のゆとりも大切だ。時間に追われている教師が、子どもたちの様子に気を配れるはずもないだろう。安倍首相の掲げる教員免許更新制や教育バウチャー制は、教員の世界に競争を持ち込むものだから、ゆとりを奪ってゆく。長期的に見るなら、安倍教育改革がいじめを減らせるようには思えないのである。(つづく)

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2006年12月24日 (日)

【本】『すぐに稼げる文章術』

『すぐに稼げる文章術』(日垣隆・幻冬舎新書)という本を読んだ。

タイトルは馬鹿っぽいけど、そんなにイージーな本ではない。フリーライターとして長期間生活していくにはどうすればいいかを語っている。

著者は、フリーライターに一番大切なものは経営感覚だという。どんなに優れた文章力があっても、それによって金を稼ぎ出し、その構造を持続できなければプロとしては意味がないという。

名指しされてはいないが、大量にインプットして少量しかアウトプットしない立花隆のようなタイプはダメだと暗に語られる。現代では経営の多角化まで視野に入れないと生き残れず、ましてや偏屈な作家先生ではお話にならないのだ。

音楽の世界では、ネットのせいでCDは全然売れなくなってしまった。金の流れが変わってしまい、干上がってしまった人も少なくない。アニメなど同様のジャンルはいくつもあり、文章にもそんな状態が早晩訪れるという。

無料でも書く優秀なライターがネットにあふれている以上、プロとして生き残るにはどうすればいいか。有料メルマガなど、いくつかのケーススタディが示される。しかし、著者自身の例以外は、暗に失敗例だとされている。著者は自分のサイトでYシャツまで売っており、そこまでしている人は他にいないのかもしれない。

世の中、変われば変わるもんだ。「作家になる方法」みたいな本は昔からちょろちょろあって、古いタイプは精神論が多かった。ジャーナリストとしての批判精神を持つとか、そんなことに比重がかかっていた。それが15年くらい前から(バブル崩壊くらいからですかね)「フリーライターになる方法」みたいなタイトルに移行し、こちらは文章の書き方系が多かった。今でもメインはこういう本だと思う。

そしてもっとも新しい形では経営感覚が根本とされているのだ。経営感覚が大切というのは、あらゆる自営業にとって当然のことで、これまで精神論で語られることの多かった文筆業という分野でも「常識」が語られるようになったということだろう。

日本ほど文章を書いて食っている人間が多い国はなく、その「異常」な状態はこれから右肩下がりで解消されてゆく。今現在もこれからも、毎年1割くらいのフリーライターは離職していくのだろう。4年で35%だ。そんな時代はすでに到来している。

この変化にどう対応するか? 

麻雀を打ちながらつらつら考えたいけど、メンツ調達人に連絡つかない。雀師にクリスマスとか関係あるのか?

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2006年12月22日 (金)

【麻雀】『超・入門 科学する麻雀』

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『超・入門 科学する麻雀』
http://www.amazon.co.jp/%E8%B6%85%E3%83%BB%E5%85%A5%E9%96%80-%E7%A7%91%E5%AD%A6%E3%81%99%E3%82%8B%E9%BA%BB%E9%9B%80-%E3%81%A8%E3%81%A4%E3%81%92%E3%81%8D%E6%9D%B1%E5%8C%97/dp/4862480993/sr=11-1/qid=1166723426/ref=sr_11_1/503-8179958-8360712

凸本のエーカラー読みが終了。完全に手を離れた。
発売は1月11日。
できることはほぼやったと思う。

今回は、キャリア官僚の優秀さ(信じがたい仕事の早さ)を知る経験でもあった。ありゃとんでもないね。

これからは、同じようにデータから麻雀を語る人が増えていくんじゃないかと以前は思ってたけど、他の人には無理だってことがよくわかった。

プログラミング、統計学、麻雀の腕、文章力。その4つを兼ね備えてないと無理で、そんな人材はいないわな。雀力と文章力だけでも、数少ないってーのに。

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2006年12月18日 (月)

【麻雀】押し引きの一発判定

1月に発売される『超入門 科学する麻雀』。
http://www.amazon.co.jp/%E8%B6%85%E3%83%BB%E5%85%A5%E9%96%80-%E7%A7%91%E5%AD%A6%E3%81%99%E3%82%8B%E9%BA%BB%E9%9B%80-%E3%81%A8%E3%81%A4%E3%81%92%E3%81%8D%E6%9D%B1%E5%8C%97/dp/4862480993/

そのうち「押し引きの判断基準」の章は、「攻めるかオリるかの判別式」ってのがメインの内容。

先行リーチが入っている局面で、勝負するかオリるかは、その式で一元的に決められる。その式に数値を入れて答えがプラスになれば押し、マイナスになれば引きが有利になる。その場でパッと計算するのは不可能だけど、ある程度パターン化して暗記してしまうことも可能。

なんか麻雀もとんでもないところまで来たのかも(笑)。

昔、パチンコライターの山崎一夫さんが言ってたことを思い出す。

パチンコの攻略法で、台の設定が明らかになってからも、そういう情報を利用しようという人が圧倒的に多くなるってわけじゃなく、やはり自分で見出したオカルト必勝法(魚群がこう見えたらリーチ目だとか)で打つ人が多かった。
数値で考えようなんて人間は、どのみち一定割合しかいないんだと。

麻雀はどーなんでしょうねえ。機械仕掛けのもんじゃないから、台の設定ほどじゃないけどさ。

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【教育】安倍教育改革1

またしても「日刊ゲンダイ」の連載から。今度は安倍教育改革について。


9月に安倍政権が誕生して、「教育再生」を最重要課題と位置づけた。そして、教育再生会議を設置し、衆院では教育基本法改正案を強引に押し通した。

それに呼応するかのように、教育に関する問題が沸き起こってきた。まず、全国の1割もの高校が必修科目を学ばせていなかった未履修問題。いじめによる自殺をこれまで学校が隠蔽してきた事実が明るみに出て、伊吹文科相に自殺を予告する手紙が続々と送られてきた。教育改革タウンミーティングでは、政府のやらせ発覚である。

教育改革がいよいよ重要になっているのは、誰もが認めるところだろう。それでは、安倍政権の教育改革とはどういったものなのか。教育といっても幅広いから、まだ見えていない部分も多いのだが、見えている要素を集めて検討してみよう。

安倍教育改革の根本にあるのは何か? それは「教育再生」という言葉に表れている。「再生」とは「再び生き返ること」であり、古き良き時代に立ち戻ることを意識させる。そう、安倍教育改革の精神は「復古」なのだ。グローバリズムの進展など、教育を巡る環境は大きく変化しているが、その新しい状況に、過去の〝理想郷〟へ回帰することによって対応しようとする。安倍首相の著書『美しい国』というタイトルを見ても、そんなノスタルジックな雰囲気が表れているではないか。

昭和35年に総理大臣が岸信介から池田勇人へと代わったとき、自民党は思想保守から経済保守に切り替わった。その前の時代、つまり祖父である岸信介の時代に戻し、やり直そうという思想が安倍首相の根底にはある。

その具体的な表れが教育基本法の改正だ。狙いは、教育段階からの国民の管理強化と愛国心の注入である。経済格差が開き貧富の差が大きくなると、負け組には不満がたまり、治安が悪化する。その対策だ。これは小泉政権から着々と布石が打たれてきた路線の継承であり、その教育バージョンといえよう。

それ以外の問題では、教員免許更新制や教育バウチャー制が挙げられているが、まだ具体化しているとはいえない。教育再生会議の結果を待つことになる。

しかし、残念ながら安倍教育改革は成功しそうもない。それどころか状況はさらに悪化するだろう。理由は経済格差の拡大を止めようという姿勢がないからだ。諸悪の根源を放置したままでは、あらゆる改革がいかに空しいものになるか、明日から引き続き報告していこう。(つづく)

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2006年12月13日 (水)

【教育】教育格差10

ようやく最後となった「日刊ゲンダイ」の連載から。


朝日新聞の7月12日付朝刊1面トップに、教育の記事が載った。それは大学全入時代における大学のサバイバル競争の動向を伝える記事だった。大学が系列を超えて高校や中学と提携することによって、将来の生徒を確保しようとしている事実を伝えていた。

なぜそれが1面トップになるほどの記事なのか。その記事には目玉となるニュースがあったからだ。そこには5つの大学が計10校の中高と提携している具体例が載っていた。その大半は関西で、関東が1校、名古屋が1校だけだったが、その関東の例が衝撃的なものだった。中央大学の付属校である中央大学高校が、文京区立第三中学と提携して一貫校化する予定だというのである。公立中学が私立高校と一貫校化するのだ。このことも全国初なら、付属高校を挟んで大学まで繋がるのも初めてのケースである。

この三中は文京区に住んでいる小学生なら誰でも入学を選択できる。東京都の真ん中は少子化地域で、今の中3は15人しかいない。そんな小規模校から2桁台の人数が無試験で中央大学高校に進めるようになる。そこからほぼ全員が中央大学に入れるのだ。つまり一度も試験を受けずに中央大学へ進めるルートが誕生することになる。その資格は文京区に住んでいることだけ。

この案は09年にスタートする予定で、具体的なことはまだ何も決まっていない。中央大学高校の隣に三中があるから、そんな縁で区と高校が話し合いを始めたのである。

これは教育格差が着々と進行していることを如実に表しているニュースだった。今の教育システムは、小中学校時代には一部の子たちがハードに勉強し、その他大勢の子たちはマッタリ過ごすものとなっている。ハードに勉強するのは一部で結構。その人たちは私費で教育を受けろ。その代わり、将来はエリートとして扱ってやる。それが今の選抜構造だ。

大学も全入時代に入り、そんな構造が押し寄せてきている。そしてついにMARCH(明治・青山学院・立教・中央・法政)の一画を占める中央大学まで白旗を上げたのである。自ら全入宣言したようなものだ。

これからは幼少期から大学まで、ハードコースとマッタリコースに分かれることになる。ハードコースに進ませるには、子供1人に4千万円程度は必要になるから、そちらを選べるのは経済的に余裕のある家庭だけだ。こうして金持ち家庭の子しかエリートになれない社会が完成形に近づきつつある。(おわり)

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2006年12月12日 (火)

【教育】教育格差9

えげつないまでにしつこく「日刊ゲンダイ」の連載から。


この春、シングルマザーである知人Aさんのお嬢さんが高校に入った。Aさんは、いいバイト先を見つけて、バイトしまくる高校生活を送るようにハッパをかけているという。Aさんの言い分はこういうものだ。

「あたしも高校のときはバイトばかりで、学校よりもそっちのほうがずっと楽しかったし、学ぶことも多かったのね。それは今になっても大きな財産だと感じている。だから高校時代はいいバイト生活を送って、自分の携帯代や遊ぶお金もそこから出しなさい。そうすればお金の大切さもわかるからって、そういって聞かせてるの」

この話を聞いたとき、まさに職業が再生産される瞬間を見たように感じてしまった。

最近では高校生の生活が2種類に分かれている。勉強ばかりの高校生とバイトばかりの高校生だ。昔は、クラブ活動に燃えている高校生や、ただダラダラ過ごしている高校生も多かった。それが今では、放課後の行き場が塾とバイト先に二極化しつつあるのだ。塾に通う子は大学に行く子たちであり、バイトに通う子は高校を出たらフリーターになる子たちである。

彼らの道は高校入学すぐにバイトを始めるかどうかで決まる。すぐバイトを始めて、自分で稼いだ金を使って仲間と飲みに行ったり、バイト先で恋愛したりすると、高校生活は刺激が足りないものになってしまう。彼らは大学に進む者たちよりも、一足先に消費生活者になり、大人になるのだ。

フリーターになる子は、家族に非正規雇用の者がいるケースが非常に多い。こうして非正規雇用は遺伝していく。そうなると、Aさんの教育方針は我が子をフリーターへ追いやっているように見えるが、そんなことはない。多額の教育投資を行えない親は、子供に、非正規雇用であっても労働の喜びを見つける方法を教えねばならない。自身がサービス業で働くAさんは、お嬢さんに非正規雇用の世界でのサバイバル法を教えているのだ。

東大法学部に通う女子学生Bさんは、ロースクールに進学し司法試験に受かることを目指すという。だが、彼女が本当にやりたいのは出版だという。だが彼女は、親が司法職であることもあって、司法試験に受かるまでが親から与えられた任務だと考え、自分のやりたいことは資格取得後にやろうとしている。ここにも職業の遺伝があり、揺れる二世の想いがある。

このところ政治家や芸能人の世界では、二世、三世ばかりが目に付く。その傾向は、若者になればなるほど強まっているようだ。あらゆる職業が世襲化したときに、この国は活力を保ちうるのだろうか。(つづく)

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2006年12月 7日 (木)

【つぶ】走れ、赤兎馬!

これから2日ほど、全速力で仕上げなければならないものがあるため更新しません。
走れ、赤兎馬! って感じ?

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2006年12月 6日 (水)

【教育】教育格差8

さらにしつこく「日刊ゲンダイ」の連載から。


教育格差の実情について調べるため、いくつかの高校を訪ね、話を聞いた。そのなかには悲惨な例が何件かあった。

高校の授業料を滞納しており、親とは連絡がつかず、もうこれ以上は待てないとなったときに、ようやく親と連絡がついた。しかし、自宅が強制執行になっており、とても払える状態じゃないと言った家庭。

授業料の滞納があまりに続き、これ以上待つことはできないと通達したら、親が高校に怒鳴り込んできて「うちは夫婦とも中卒で、祖父母もみな中卒だ。この子は初めて高卒になれる予定だったのに、それを退学にするとは、なんてことしやがるんだ!」とクレームをつけた家庭。

親が高校の授業料を出してくれないため、子供は自分でバイトして授業料を払おうとしていたが、給料日になると親がバイト先に現れて、子どものバイト代を奪い取っていってしまう家庭。

どれも公立高校で聞いた話だ。公立高校の授業料は年額12万円程度にすぎない。大学の学費は「物価の劣等生」だが、公立高校の学費は卵と同様に「物価の優等生」なのである。それでもその負担に耐えられない家庭が増えている。

現代の親子は「友だち親子」化しているケースが多いが、そんな家庭では、子供が小学生のときから早くも友だち親子化しているケースが目に付く。最近の教師は子供を厳しく叱ることはないから、家庭でも学校でもロクに叱られた経験がない子供たちは、どんな大人に育っていくのだろう。

その一方で、小学校受験のために3歳から塾へ通い、しつけから勉強までミッチリ教育されている子供たちもいる。最近では公教育への信頼感が失われてしまい、我が子を公立の小学校や中学に通わせることを不安に感じる親が多い。その結果、受験教育が早期化しており、幼児のうちから何かしら始めるのが常識のようになっている。

一方には家庭でも塾でも教育が過剰な子供たちがいて、一方には家庭で教育が不足し塾などには行ったことのない子供たちがいる。私立受験が早期化し、地域による住み分けが進んだ現在では、違った育ち方をしている子供たちはほとんど出会うこともない。

ネット発の現代文学とも言える「電車男」は、お嬢さまとオタク男の出会いと恋の物語だった。あれは教育過剰組と不足組が〝身分の差〟を乗り越えて恋に落ちた現代の神話なのだ。この物語が社会現象化したことは、それが容易には起こりえない世の中になってしまったことを表している。今では教育は〝身分差〟を固定させる場になってしまった。(つづく)

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2006年12月 2日 (土)

【教育】教育格差7

いよいよしつこく「日刊ゲンダイ」の連載から。

最近ある本を読んでいたら、この記事、あるいはぼくの本をほぼ写ししながらも、巻末の参考文献には挙げられていなかったので、少しいじけました(笑)。言い回しからわかります。


いま30~40代の親のなかは、塾に通った経験がないという人も少なくない。地方出身者の場合はなおさらだ。こういった親の経験が、子供の教育においては〝技術差〟となる。今の教育はどこからどんなサービスを購入するかという、消費者としての力を競うものになっているからだ。

受験産業は過去十数年の間に着々と高度化した。とくに90年代以降、少子化の時代に入ってからは、細分化、専門化、先鋭化している。たとえば、以前は私立中学の子が通う塾など存在しなかった。中学生が通う塾は高校受験用が常識だったからだ。それが今では、有名私立中学に受かるやいなや、東大受験専門塾に手続きする親が多い。

有名なのは鉄緑会だ。「てつりょくかい」と読み、「鉄」は東大医学部の同窓会である鉄門倶楽部、「緑」は東大法学部の同窓会である緑会を意味する。東大生と東大卒業生しか講師とせず、入塾した生徒たちはみな東大か医学部合格を目指す。無試験で入れるのは、東大合格ランキング上位校の新入生のみだ。つまり、最初から東大に入れる可能性の高い子だけを選び、その子たちを高い確率で東大に入れることが売りの塾なのである。

驚くほど閉鎖的で差別的な姿勢だが、これが大人気なのだ。親たちはその姿勢に怒るどころか、逆に「この塾で付いていけたら東大は間違いなし」と殺到する。いっさい宣伝しないにもかかわらず、わが子を有名私立中学に入れるような親たちは、この塾について熟知しているのだ。とはいえ、予習のノルマが非常にハードな塾なので、有名私立中学に入るような子でも、ついていけない者は多数出る。

もっとありきたりな高校受験用の塾でも、子供に合わせた塾選びは重要だ。小さな個人営業の塾と大手の塾では一長一短がある。個人塾ではクラブ活動の都合に合わせて曜日を変えてもらったり、学校の宿題を手伝ってもらったり、フットワークがいい。一方、カリキュラムと教材に関しては大手に分がある。進路指導のデータも大手が強い。

こうして教育は消費財化しており、親の眼力と経済力が子供の学力を決める。自民党の総裁候補者たちは格差社会の是正を公約に掲げているが、再チャレンジしようにも、人生のスタートの時点ですでに大きく差がついてしまっているのである。格差の壁の厚さを10代でビッチリ心と体に叩き込まれてから、20代になって再チャレンジできるようにするといっても、まったく解決にはならないのだ。過酷な状況に置かれ鬱病になってしまった人に、「頑張れ」と励ますようなものでしかない。(つづく)

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2006年12月 1日 (金)

【つぶ】恐ろしい時代

恐ろしい時代に入りつつある。

なぜ「ホワイトカラー・エグゼンプション」という恐ろしい制度が導入されそうになっているのか。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20061130/114693/

生活保護費から母子加算を廃止
http://www.tokyo-np.co.jp/flash/2006113001000343.html

まさにアメリカの後追いだ。

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