【教育】底が抜ける日本
最近テレビで教育ネタが多い。いじめ問題が語られたりする。そういった番組を観ていて思う。豊かな人の説教に意味はないと。
たとえば「おもいッきりテレビ」で、深夜の居酒屋に子連れで来る人たちを司会のみのもんたやオバチャンが非難していた。
たしかに、子どもの生活時間を考えると望ましいことではない。だが、その時間に家族で居酒屋に行くのが一家団欒だという家庭も多いだろう。最近は各種サービス業で営業時間が長くなり、終業が22時、23時なんて仕事も多い。夫婦ともそういった仕事に就いていたら、家族がそろって夕飯を食うのは夜中になる。彼らに対して、深夜に子どもを連れ回すなと非難するのは、一家団欒するなと言っているに等しい。夜遊びで遅くなっているケースなど、むしろ少数派ではないか。
また別の問題だが、働くようになっても実家にいる若者をパラサイトシングルと呼ぶ。家賃負担をパラサイト(寄生)しているという意味だ。
といっても、それが該当するのは豊かな家庭だ。高校時代から家にバイト代を入れ、家族を支えている若者も多い。高卒フリーター層でそういったケースは例外ではなく、『18歳の今を生きぬく―高卒1年目の選択』(青木書店)など読むと、そんなケースがいっぱい出てくる。パラサイトシングルは、親に寄生しているイメージで考えられているが、その概念が該当するのは豊かな家庭だけだ。
さらに別な問題だ。全国の1割もの高校で必修科目の未履修があった事件(本当の数字は3割を超すと思う)で、伊吹文部大臣はセンター試験を見直すべきだと語り、必修科目の再検討とセンター試験の再構築を指示している。
だが、センター試験を受けるのは大学を目指す子だけ。受験者数は同世代人口の4割弱だ。高校の問題を大学入試によって解決しようとするのだから、大学に進学しない子が半分もいるのに、彼らは無視されている。
『希望格差社会』の山田昌弘氏は、少子化問題について全国一律の施策は意味がないのではないかと言う。地域によって実情はまるで違っており、出産や子育てについて、キャリア女性の抱える問題とフリーターの問題とは違うから、共通の対策を取ろうとしても有効ではないのだと。
教育の各問題についても同じことが言えるんじゃないか。おそらく一律の解答なんて存在しない。あちこちで議論されている対策は、論者の持つ常識から出てきたもので、そういったことを語る人は経済的上位層だから、一定割合しか想定されていないのだ。
今の日本では、生活保護が1%。就学援助は10%。高卒終了が30%。そして、たいていの議論は上位3~7割くらいが対象になっている。全体の何%が該当しているかという視点のない意見は無意味だと思う。
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。
コメント