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2006年7月 8日 (土)

【つぶ】自虐という回路

西原理恵子さんという漫画家がいる。彼女の漫画は面白いと思うし、ぼくもよく読んでいる。

彼女の出世作は「まあじゃんほうろうき」。麻雀を打ってとことん負ける話だ。その負けっぷりがあまりにすさまじく描かれているので、これを読んだ人は、彼女は麻雀が下手なんだと思うはず。だが、そう思ってしまうのは彼女の自虐ワールドに入り込んでいるからで、じつは彼女は麻雀が相当に強い。

ぼくは彼女の麻雀を観戦したことが何度もあって、直接びっちり打ったことも2度ほどある。そのときの印象は「意外!」だった。あれほど麻雀プロたちと打っているのだから下手なはずないんだけど、それにしてもここまで強いとは思わなかった。目先に流されず、押し引きがものすごくきっちりしている。たぶん、ぼくは負け越していると思う。

「まあじゃんほうろうき」に、どこかの学園祭に行って、貧乏学生がサシウマを挑んできたから返り討ちにしてやったという話がある。彼女と打って負けたとき、なるほど、こりゃ学生たちも負けるだろーよと思ったもんだ。

ここで思うのは、自虐というレンズの屈折率だ。彼女の漫画は事実は曲げられていないけれども屈折率がすさまじい。その後の「恨みしゅらん」や「鳥頭紀行」などでは、その矛先が突っ込みに向かうのだが、こと麻雀系に関しては負け馬鹿日誌になっている。

そう、彼女に限らず、麻雀の体験記って、漫画であれ文章であれ、面白いものは必ず負けた話であって勝った話ではない。麻雀の体験エッセイは、自虐にならざるを得ないのだ。一流の体験エッセイは自虐的であり、だからこそエンターテインメントになって読者を引きつけるし、その一方で良識ある人たちには肌に合わないものとなる。そんな法則が成立している。

なぜ勝った話は自慢話にしかならないのか。なぜ強いものが正しく勝った話はエンターテインメントにならないのか。そんなことを思うようになって何年も経つのだが、いまだにその答えを見つけられない。そして誰の麻雀エッセイを読んでも、面白いものは自虐という文法に従っているのだ。

なぜ自虐でなければならないのか、その謎はいまだ解けない。少なくとも腑に落ちない。

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