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2006年6月の17件の投稿

2006年6月30日 (金)

【つぶ】まさに日記

昨日、朝10時くらいに電話がかかってきて、『麻雀検定』の青焼き(ゲラの一種)が出たから、会社まで読みに来てくれないかという。都合が悪かったらどーなるんだろ?と思いながら、すぐ行く。

修正点はけっこうたくさん。今回は後ろの方に難しい問題を増やした。担当者がそれを自分では解いてないと聞き、ビックル一気飲み。おいおい。解答あるんだからさ。入念に解き直したけど、一人しか考えてないのって危ないよな。ぼくが作るの遅すぎたから? いや、考えるのやめとこう。

終わったあと会長室に行く。『近代麻雀』創刊当時の話をしてほしいと頼んで聞く。そこで衝撃的な事実が明らかになる。なんと昭和50年代の専門誌『近代麻雀』にして、黒字を出したことはほとんどなかったという。せいぜいトントンで、大半は赤字。麻雀誌の利益は最初から漫画によるものだった。つまり、麻雀出版史上、利益を出した専門誌は存在しないのだ。これは麻雀の専門誌を待望する人々の希望を打ち砕く事実ではあるまいか。

帰りに過去100食は食べてる神保町のカレー屋のカレーを食い、本屋を3軒回って帰宅。けっこうな規模の本屋に行ったにも関わらず、『教育格差絶望社会』は1軒は平積み、1軒は棚差し、1軒なし。露出度はもうひとつ。大学時代に『文学という弱い立場』という本をわざわざ古本屋で見つけて買ったのに、結局は読まなかったなと関係ないことを思う。しかし、巨大メディアや大出版社と自分の立場を比べて愚痴を言うようになったらおしまいだよな。情けないことは考えまい。漫画業界には、自社を大手3社と比較してグチグチ言う編集者が多い。

帰ってすぐ爆睡。目が覚めたのは深夜1時。それから御茶ノ水バビロンに。24時間以内に半荘10回打たないと今月のキャッシュバックをもらえない。先月分のキャッシュバックが振り込まれてないと苦情を言うと、「すぐ調べます。明日の朝10時にお電話してよろしいですか」と。麻雀は4回打ったところで卓割れ。1244。マイナス1200円。

帰ってから『予告されていたペリー来航と幕末情報戦争』という本を読む。スリリングな枠組みだ。ポスト産業資本主義時代には、常に新しいモノを出し続けていかねばならないという岩井克人先生のお話を思い出す。自分の将来を感じさせるな。果てしなく“新しい物語”を生産せねば食えなくなる。いや、出版っていうのは以前からそういうものか。

バビロンから電話が来たのは昼1時だった。向こうの事務手続き上のミスだという。来月ちゃんと振り込みますからと。今日中にあと6回打たねば。最近はこのキャッシュバックシステムはPRされてないけど、ぼくのような最低回数しか打たない嫌な客しか来なかったんだろうな。

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2006年6月29日 (木)

【教育】念願の教育ライターに!

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今年の春まで、麻雀をメインとしたフリーライターだった。しかし、6月に『教育格差絶望社会』を出し、ついに念願の教育ライターになった!

教育という分野は、学者や学校関係者、あるいは塾関係者が語るもので、ぼくのように自分のフィールドを持たない者が発言することは珍しい。そんな自由な立場からの発言が少ない状況に、一読者として、ずっといらだちを感じてきた。

一例をあげるなら、たいていの教育関係者は、あまりにも高い学費や塾代について無頓着すぎる。それは彼らが金を取る側だからだ。大学の学費を高いかどうかを問うアンケートで、高校関係者は相当割合が高いと思っているのに、大学関係者はそう思っていないというデータもある。価格が高いか安いかの判断は、金を払う側か取る側かという立場の違いによって、まったく変わってくる。学費が高すぎるため大学に来られる子は一部の階層にすぎないという事実を、大学関係者は直視できない。直視すると、自己否定に結びついてしまうのだ。

念願だった教育論を出せて、今は満足している。研究家でも評論家でもなく、ジャーナリストでもない1ライターの立場で、教育を語ることが評価されるかどうか。それはこの本の売れ行きが教えてくれるだろう。

世界に冠たる水準を誇った日本の教育は、今でも決して馬鹿にしたものではない。それでも、少しずつ着実に、状況は悪化している。

自分のフィールドを持たないということは、どこからも給料をもらっていないということで、本が売れて原稿料が入らないと生活できない。おそらく、ぼくが教育について商業出版で発言できる時期は、そう長くはないんじゃないか。その間は、読者の、つまり親の目線から、教育について語っていけたらと思う。それが吹けば飛ぶようなライターという立場の唯一の強みだ。

それがいずれは学費の低減に結びつけばいいのだが。

『教育格差絶望社会』(洋泉社・税込1000円)

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4862480446/

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【教育】アメリカで階層別住み分けが進む理由

『教育格差絶望社会』では、「教育における地域・階層・格差」がテーマになっている。日本はアメリカみたいな方向に向かっているとして、アメリカの事例をけっこう取り上げている。

今朝がた、アメリカでの教育体験記みたいな本を読んでいたら、この分野におけるまったく知らなかったことが書かれていて、びっくり!

アメリカにはゾーニングという地域ごとの法律があって、居住形態や土地の用途などを縛っているという。たとえば、家を建てるときには1エーカー以上(相当広い)の庭がないといかんという決まりがあれば、その地域にはアパートなどは作れなくなり、金持ちしか住めなくなる。また、核家族じゃなきゃ住めないという決まりがあれば、三世代同居などできなくなるから、これまた階層や人種を制限する。こうした規制によって、その地域に異分子が入ってくることを拒んでいるというのだ。だから、すさまじいまでの住み分けが起きることになる。

ネットで調べてみたら、ゾーニングというのは、アメリカの都市計画における根本的な特徴らしい。階層別の住み分けを促進するためのシステムというような狭いものではなくて、まさに国土計画の根本に結びついている。なるほどなあ。直訳すれば「ゾーンの仕方」だもんな。世の中って、こういう表面的には見えないもので規定されているもんだ。

こんな話は見たことも聞いたこともなくて、連想するものといえば、バスケットボールにゾーン・ディフェンスってあったなってくらい。アメリカに住んだことある人なら知っているくらいの知識なんだろうか?  →その後、数人に聞いてみたところでは、そんな一筋縄でいくものではないようだ。多様性の国アメリカということもできるし、単純に階層化を進めるという狭い目的の法ではなく、多面的な存在であるため、単純化しにくいという側面もあるようだ。

それからもうひとつ、アメリカにはチャータースクールという新しいタイプの公立学校があるのだが、これは階層の問題から登場してきたものだという。

貧困地域にある公立の学校は、住民税もちょっとしか集まらないから、教育の質は低くなる。そういった地域に住みながら、子どもに高い教育を受けさせたいと願う家庭は、地域の公立校には行かせず、チャータースクールに子どもを行かせる。運営主体は教育ビジネスを行う多国籍企業など。つまり、学校に行かせるかわりに塾へ行かせるようなもんだ。ちょっと前から、これも公教育として認められるように制度変更された。

アメリカでは、教育熱心で公教育に不満を持つ家庭では、下層はチャータースクールに行かせ、中層は家で親が自分で教え(これも公教育として認められる)、上層は私立に入れるとか。いやはや、まだアメリカの現状についての認識が甘かったと痛感する。

教育に関して専門家でもないし、知識の量ではまったくおぼつかない。教育って分野は途方もなく広くて、専門家の世界も、幼児教育とか教育行政学とか教育史とか分化している。

だからしょうがないことだけど、知らないことってホント多い。教育委員会って何か?とか、いまだにさっぱりわからん。やはり日頃の勉強って大切だ。教育の本も、それが仕事に結びつくと思って読んでたわけじゃないから、帰ってくるあてのない稚魚の放流みたいなもんで、今回はそれがたまたま本になった。こういう循環を作り出すのがノンジャンル評論家ってものなのだが、はてさて、そこまで勉強家じゃないからな~。

まあそれはそれとして、今日こそ麻雀の勉強とキャッシュバックの勉強に行ってこよっと。

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2006年6月28日 (水)

【つぶ】心の闇

最近、犯人の「心の闇」が問題とされる事件が多い。

秋田県で起きた、自分の家の子が死んだから、隣の家の子を殺しちゃったという事件。犯人が嘘つき魔で、高校の卒業名簿でみんなから「死ね」などと寄せ書きされるほど、いじめられていた。そんなこともあって、彼女の「心の闇」が問題とされている。

奈良県で起きた、高校生が放火して家族を焼き殺しちゃった事件。父親からいつも試験の成績で厳しく怒られていたそうだが、だからといって放火するというのは異常で、これまた「心の闇」が問題とされている。

「心の闇」というフレーズは、逆にいうなら、健全な人の心には闇がないと言っているわけだ。だが、人間の心って、そんな簡単なものなのか? 心に闇を持つのは一部の異常者だけなのか? というよりも、心は明るいエリアが大部分で、そこに暗いエリアがあるようなものなのか?

こういう事件の報道は、彼らの「心の闇」を解き明かすことを目的とする。みんな、理解できる動機やストーリーを求めており、マスコミはその期待に応えようとする。

ニュースは完全に娯楽化しており、犯罪報道も劇場化している。マスコミは薄っぺらいものだという認識は常識化しているが、そのマスコミの影響力はかつてなく強まっている。結局のところ、日本人の認識自体がどんどん薄っぺらくなっている。「心の闇」という記号がどんどん消費されている。

いつから、人間の心には闇がないのが常識とされるほど、人間観が薄っぺらくなったのだろう。たぶんこれは、みんながフツーだという認識が崩れようとしている今、最後に燃え上がっている普通幻想の一種なのだと思う。

そんなものは早く崩れてしまえばいいのに、古い世界が崩れたとは思いたくない人もいっぱいいて、そんな状況がマスコミの劣化に拍車をかけている。ぼくもその一端を担っている立場なので、こんなことを書く資格があるかどうか、わからないけど。

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2006年6月27日 (火)

【つぶ】モヒカン公務員!?

山手線に乗ったとき、同時に乗り込んできた若い三人組がいた。明らかに異様な外見で、まわりの人たちは引いていた。

一人が金髪モヒカンの男性。とさかが15センチくらいおっ立っている。顔にはピアスが30個くらいついていて、耳、眉毛、鼻、唇と、ピアスだらけ。残る二人は女性で、一人はメイドっぽい服装で、一人はファンタジーっぽい服装。ファンタジーの方は髪に猫耳をつけている。

彼らの会話がなんとなく聞こえてくる。その内容は、なんと公務員試験の話だった。しかも、けっ、公務員試験を受ける連中なんてよーといった口調ではなくて、誠実な口調で自分の問題として語っている雰囲気だった。金髪モヒカンと公務員試験。まさに対称的な存在だ。

いま、日本はアメリカ型社会へとものすごい勢いで変わりつつある。その変化は政治や経済のものだけど、見えないところで個人のありようや人間関係も大きく変わっているはず。

たとえば「恋愛」。ぼくの子どものころに「付き合う」という概念はあったのだろうか。「婚約」から「交際」になり、それが「付き合う」となって、言葉が変わるたびに結婚という制度は弱体化してきた。この「付き合う」ですら、今ではその範疇におさまらない形態が増えすぎて、現実を反映しない。近いうちに新たな言葉が生まれるだろう。

たとえば「友だち」。サイバーツールの急激な発達によって、「友だち」や「知り合い」の形態も多様になっている。ネットの知り合い、ミクシィの友だち、リアルの知人。その種の関係を表すデリケートな言葉はなぜか発達しないから、うまく表現しようがないけれども、ネットをコミュニケーションツールとして使いこなしている人と使いこなしていない人では、交友関係や感情生活はまるで違っているはず。ぼく自身、ネットや携帯がなかった時代の感情生活はすでに思い出すことができない。

エロ本を見ると、「清純な顔してじつは淫乱」なんてキャッチコピーが今でもあふれている。だが、それが矛盾した存在であるがゆえに価値があるという神話は、すでに神話としてしか存在しなくなっている。かつて統一されていた社会的な記号が急速に分解しつつある。

個々の変化は技術によるものが大きいとしても、個人がまとう記号の分解は社会の質的な変化を表している。不良は不良らしく、ヤンキーはヤンキーらしかった時代から、金髪モヒカンが公務員試験を語る時代へ。そんな変化を思ったのだった。さすがに大袈裟?

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2006年6月26日 (月)

【麻雀】危険なお仕事

3年間勤めた出版社を辞めたとき、いくつかの仕事を紹介された。これが軒並み雀荘関係。出版関係はゼロだった。

そのうちのひとつがいわくつきの仕事だった。給料はかなりよかったが、勤める人がつぎつぎと辞めていってしまうという。正確にいうなら、辞めざるをえなくなるのだ。今では連盟やミューでトップクラスとなっているプロたちが、みな借金を残してはトンズラしてしまっていた。

ピンの3-6の東風戦。祝儀は千円。
待遇は裏メン(客のふりした従業員)で、月給60万。
場所は青山だったと思う。

当時は2ピンがOKな時代だった。歌舞伎町のフリー雀荘は2ピンがメインで、1日に30万くらいの勝ち負けは普通だった。あいつは今月ハマったといったら100万以上を意味した。知り合いのAリーグプロがハマって失踪したが、そんなことは珍しくなかった。

青山の店も台はピンとはいえ、祝儀が千円だから2ピンに近かった。「30万負けても30万残るからさ」紹介してくれた人にはそういわれた。

この先、ずっと雀荘で働いていこうとは思っていなかった。雑誌のデータマンくらいならなれると思っていたので、出版で働こうと思っていた。だが、その前にもう一度、何ヵ月かどっぷり麻雀を打ちたかった。

すでに麻雀の基礎体力はピーク時より落ちてきていたし、麻雀に全力投球する生活はこの先もうないだろうと思っていた。これが人生で最後になる。そう思った。

場としては魅力的だ。だが東風戦は苦手だったし、有望プロたちが軒並み勤まらないことはかなりの厳しさを示していた。

じつは、その仕事には前任者がいた。彼も連盟のプロだったが、他の人たちがみな勤まらない中で、彼だけは月に最高180万の給料を取っていたという。給料に勝ち分を120万も上乗せする驚異の勝ち組も存在したのだった。

いま40歳前後の世代で、もっとも才能あった二人はプロを辞めてしまったといわれている。その一人を田中英知という。

プロ連盟で一番下から一番上までリーグ戦をノンストップで昇級したのは、当時は土田浩翔、田中英知の二人しかいなかった(その後、河野さんもノンストップだったかもしれない)。

小島武夫最後の弟子。当時、同い年の30歳。

手役派ながらも、彼は赤入りフリー雀荘でも無類の強さを発揮していた。荒・安藤以外は敵じゃないと豪語し、実際に金子・飯田などのトップクラスとすでに同格として認められていた。安藤さんですら、あいつとはもう打ちたくないと弱音をもらしていた。

彼の後釜か。光栄だと思った。やるかやらないかしばらく迷った。

結局、この仕事はやらなかった。家の近くの東南戦祝儀500円のピン雀を選んだ。電車がなくなっても帰れること、そして安全なレート。こっちはどんなにハマっても1日6万程度。実質3分の1くらいか。

その仕事を何ヵ月かやったところで、とある縁で出版の仕事オンリーになった。それ以降、プレイヤーとして生きた時期はない。

あのとき裏メンをやっていたら……。それをたまに考える。もう少しくらいは強くなっていたかもしれない。だがすぐに100万くらいハマっていたかもしれない。

ようやく1年前から東風戦の苦手意識が消えて、また少し「もし」がふくらむ。今のぼくが当時にタイムスリップしたら、間違いなくやるだろうね。

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2006年6月25日 (日)

【麻雀】日本の麻雀ビジネス

竹書房の会長室に行ったら、先客がいた。ライアン・モリスというアメリカ人翻訳家の麻雀マニア。もう一人が初対面の人で、アメリカのブラウン大学の学生。日本の麻雀について卒論を書きたいため、訪日していろいろインタビューしているという。まだ21歳。日本語もけっこうできる。

内容について聞いてみると、やりたいのは「日本麻雀の文化と市場性」みたいなことらしい。日本は麻雀においては特異な国で、麻雀産業というものが成立している。全国に2万軒の雀荘があるし、麻雀メディアも発達している。そんな国は他にないから、現在の状況から出発して、なぜ日本はそうなったのかということをテーマにしたいという。

人文系学問の傾向として、日本では体系性などを気にするけど、アメリカは現実を優先し、それを研究する新たな学を気楽に立ち上げてしまう。例えば「観光学科」なんかがそうで、その産業が成立している以上は、その分野の研究があってもいいだろうということになる。しかし日本では(観光学科みたいなやつは立教にあったとは思うけど)そんなにフットワークはよくない。つまり、この彼のアプローチも典型的なアメリカ人のものだ。

いやー、いろんなヤツが出てくるもんだ。これにはびっくりした。ホント会長室に行くと、いろんな人に会うなあ。

来客があるから来るのを少し遅らせてくれと言われていたのだが、彼のことだったようだ。その場には会長と二人のブレインがいて、彼といろいろ話していた。そういうテーマだったら、まずオレんとこに来いよ、いくらでも語ってやるよと言いたかったのだが、さすがにそんなことは言わなかった。

会長が話していたのは昭和47年の「近代麻雀」創刊時のこと。

麻雀専門誌を出すために会社を興し、始めてはみたものの、半年ほどで借金が1億5千万(今の8億くらい)。もう夜逃げ前夜だ。そこでみんな手を引くことにしたけど、自分は社長だから辞められない。そこで内容を一新して、ものすごく初級者向けにした。と同時に、麻雀の漫画だけで臨時増刊号で出してみた。するとその臨時増刊号は完売して1千万儲かった。それからは臨時増刊を定期誌化して、出すたびに借金は1千万ずつ減っていった。

すると他社もマネし始め、一時は麻雀漫画誌が月に26冊出るというほど乱立した。しかし他社はリストラ要員にやらせていたのに対して、竹書房では本腰を入れていたから、最後まで残ったのも竹書房だったとか。

ぼくにとっては非常に面白い話で、まさにそんな内容の原稿を書いたこともあるんだけど、アメリカ人大学生の卒論に役立つのかどうかは疑問だな。

ぼくがアメリカ人学生に指摘したのは以下のようなこと。

・日本は世界ダントツの出版大国である(新聞の部数は異常なほど)
・その理由として、貧富格差が小さく、地域による言葉の違いや人種の違いなども小さかったため、マスメディアが広く受容される土壌があった。例)漫画&アニメ
・戦後の高度成長も、まず国内市場に向けて製品が作られ、その後、初期コストを回収してから、安くした製品を国外に輸出することによって成功した。
・全国の雀荘の分布を見ると、人口の差以上に大都市に偏在している。つまり麻雀は都市型の遊戯である。
・麻雀は遊戯だけど、メディアの一種のような役割を果たした。
・喫茶店、カラオケなどの“場ビジネス”において、日本は世界の最先進国であり、雀荘もその一種である。

彼はピンと来たような顔はしてなかったから、彼の求めるものとはズレた指摘だったのかもしれない。もっと現在の業界のありように密着したものを求めていたのかも。単なるミーハーの麻雀版なんじゃないか。

このテーマなど、彼に期待するよりも、ぼくが自分でやるべきものなのかもしれない。ただ、こういう内容を研究して、その文章に市場性があるかどうかは極めて疑問だ。それが日本の麻雀市場の欠点だね、というのは勝手な言い草でしょうか?

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2006年6月24日 (土)

【つぶ】名文とは何か?

ライターとして文章を書くようになってから、名文とはどういうものかいつも知りたいと思っていた。

ライターを始めてから何年もの間、ぼくの文章はカタイとよくいわれた。それもそのはずで、そもそも、ライターの書く、明るく楽しげで軽いギャグもありサーっと読める文章には、それまで興味を持ったことがなかった。

明るく楽しげなものは漫画に求めていたので、それは文章に必要な要素ではなく、逆に中身が薄くなるとしか思えなかった。道に落ちてたら拾って読んでもいい、ぼくにとって軽くて薄い文章はそれくらいの存在でしかなかった。

出版社の編集というのは、オールラウンドなプロではない。 漫画を売りとする会社は漫画に関してはプロだし、ビジュアル(写真集とかエロ本とか)を売りにする会社はビジュアルに関するプロ、文章を売りにする会社は文章のプロ、裏ネタを売りにする会社は裏情報のプロである。

それぞれ専門以外の部分では、最低レベルの技術的知識は持っていても、あとは個人個人が適当に工夫しているくらい。 会社全体で自然と高められていくのは専門部分だけになる。

ぼくが原稿を書いていたのはほぼ漫画誌だったから、その編集部は漫画のプロではあったが、文章のプロではなかった。

「カタイ、カタイ、かたすぎるよ。もっとやわらかい文章にしてよ」

よくこんなことをいわれたが、これはまあ半分くらいは理解できた。 それ以上に問題だったのは、やわらかさ以外の部分についてだった。

ぼくは文章を発注されたとき、どんな文章がいいと思うかいつも編集者に聞いていた。それを繰り返すうち、みんな自分が好きな文章を語っているだけだということがわかってきた。スポーツ新聞を愛読している人は「打った、走った、勝った」みたいなシンプルな文章を評価した。 「週刊プロレス」を愛読している人は、多少はったり臭い大袈裟な文章を好んだ。 人間ドラマのような読み物を愛読している人は、とにかく読みごたえを重視した。 ゲームオタク編集者は「百里の道は九十九里をもって半ばとす」のようなキャッチコピー臭いフレーズが入るといいと言った。

それって、君が好きな文章をただ言ってるだけじゃん!

そんなことをいったりしなかったけど、彼らの中に答えはないということはよくわかった。いわんや、ぼくがライターとして、どうやって文章を書いていけばいいかというビジョンなど求められるはずもなかった。文章いかにあるべきかということを語りたがる業界人の先輩もいたけれども、単に自分の好みを語るだけの精神論にすぎなかった。

逆に、編集者にはミスリードされることの方が多かった。きちんと仕事するといえば、マジメな人はたいていいい顔をするものだが、きちんと書かれた文章が面白いかといえば、どちらかといえば逆だ。

つまり、これが編集部のレベルであって、また別の編集部に行ったら、そっちはそっちで専門以外の部分ではとんちんかんなことをしているもんだ。 バランスが取れた能力を持っているのは総合雑誌の編集部くらいで、しかしそれが本当にオールラウンドなのかといったら、そんなことはないと思う。

ただ一人、編集者で、ビジョンを持っている人もいた。 彼は文章の細かい部分まで際限なく口を出すので、最初はノイローゼになりそうだった。だが、それに耐えているうちに、その一貫性が飲み込めてきた。 要するに、面白きゃ何でもいいってことなんだな。 様々な表現について具体的に口出しされているうちに、彼の抱く「面白さ」の概念が見えてきた。

だが、彼の存在で問題が解決したかといえば、もちろんそんなことはない。現実問題としては、業界内で高い評価を受けているライターをマネするのが手っ取り早かった。何人かの手法を、パッチワークのように継ぎ合わせるのが当時のぼくのライター術だった。 だが、それでいいとは思っていなかった。やはり納得のいく解答がほしかった。どこにも方法論が見えなかった。

いまいる場所の地図がない以上は、方位磁石が必要になる。 どういう文章が求められているかがわからない以上は、理想的な名文とはどういうものか、その名文といま書くべき文章とはどんな位置関係なのか、そんな方向にぼくの意識は向かっていくのだった。 名文とはどういうものか、そんなテーマはずっと自分の中にあったのだ。

(続く…かも)

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2006年6月23日 (金)

【教育】犬じゃないんだから

小さな子は、面白いものを見つけると、まわりが目に入らなくなる。

下の子は、道で何かを見つけたら車が走ってくる前にでも突っ込んでいく子だったので(今でもまだ少し心配)、行動が敏捷になってきたころ、外出するときはヒモをつけた方がいいんじゃないかってマジメに考えた。

上の子の同級生のお母さんで、子どもにヒモをつけた人がいた。そこの子は自閉じゃないけど、同じように心配な子だったから。そうしたら近所の圧力がすごかったらしい。買い物などに行くと、知らないバーさんなんかから「犬じゃないんだから」などと説教される機会がむちゃ多くなり、それで断念したと。
「ご近所すべてを敵に回す覚悟はなかったわー」とか。

その話を聞いたときにはホント腹が立った。犬と一緒で何がいけないんだよ! うちの子は犬より危ないんだよ! そう思った。

そういうバーさんが出現するたび、ぼくが行って「うるせー、このババー!」と怒鳴ってやるとは言ったものの、現実にそういう局面にぶつかるのはかみさんだ。うちのかみさんは、ぼくと違って波風を立てない人なので、結局ヒモはつけなかった。

そのまま大きな事故もなく、一番やばい時期は通過したけど、この一件は今思い出しても腹が立つ。小さい子にはヒモをつけたって当たり前。早くそういう世の中になってほしい。

「つまずいたっていいじゃないか、人間だもの」みたいなもんを好きなヤツが(ぼくも別に嫌いじゃないけど)、そういう世界観を他人にも押し付けてくるんじゃなかろうか。うちの親戚にもいるのだが、自分はしっかり子どもを育て上げたと思ってる年長者は、その大半がロクなもんじゃない。

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2006年6月22日 (木)

【つぶ】文章のプロの壁

ちょうど10年前のこと、雑誌に文章を書くようになって2度目か3度目、とある雑誌のインタビュー原稿で、編集者にぎっちりと搾られた。

昼間にインタビューして、その日の夕方からすぐテープ起こし。それをもとに大胆に組み換えて、寝ないで原稿を作った。それを朝ファックスしたら、数時間後、真っ黒に手直しされ、さらに根本的な問題点をいくつも指摘する書き込みつきで戻ってきた。

しょうがないので、その注文にそいつつ、長い時間をかけて書き直し、夕方になってふたたびファックスしたら、1時間あまり後にまた真っ黒になったファックスが……。

雑誌でわずか3ページの企画。写真もいっぱい入るから、せいぜい2000字程度の文章だ。それを果てしなく直し続ける。それまでの自分の理解を超えた作業だった。やってるうちに何が良くて何が悪いのかわからなくなってくる。

日本語として変だとか、そんな話ではない。「いう」なのか「いった」なのか「答えた」なのか「つぶやいた」なのか、本当に一字一句まで自分なりにベストと思う選択を要求された。

翌日の朝になり、際限なく手を加え続けた原稿は一応できていたが、それがよりよくなっているのか、自分ではさっぱりわからなくなっていた。そこで、やむなくかみさんに読ませてみたら、また別の観点からいくつか意見をいわれた。

それからまたあちこち手直しして昼前にファックス。ほとんど寝てなかったので、もうワープロ画面がよく見えなくなっていた。夕方になって起きたころファックスが返ってきて、ようやく5ヶ所くらいしか書き込みがなくなっていた。

すぐその部分を手直ししてプリントアウト。それからワープロをかついで高田馬場にある編集部に向かった。インタビューの翌日朝が締め切りということになっていたから、すでに一日半もすぎている。これからさらに直せというなら、その場でいくらだってやりますよ、そう思っていた。それから編集部でまた2時間ほど直し、担当者にフロッピーを渡して、その仕事はようやく終了した。

この数ヶ月前のこと、別の編集部で原稿を書いたとき、担当者から注意された。
「あちこち同じ表現が目についたし、細部が甘かったからこっちで直しといたよ。これからはちゃんとやってね」
そのときはただ聞き流していたのだが、このときになって言われたことの意味がようやくわかった。そのときは原稿料ってこんなに安いのか、そんなことしか思っていなかった。

高校時代に模擬試験を受けたとき、自分の受験科目には関係なかったけれど、ふと小論文を書いてみたことがある。それが奇跡的にも全国一番の成績だった。そして大学に入ってから、代ゼミで小論文の添削や採点のバイトをやっていた。文章を書くことは決して苦手ではなかった。

ライターと小論文は別物だが、少なくとも普通に文章を書くくらいはできるだろう。そう思っていた。そもそも、それまで数年間はいちおう編集者の端くれで、他人の文章にあれこれ注文をつけたり、直したり、逆の立場でやっていたのだ。

しかし、その考えの甘さを、このインタビューによって教えられたのだった。最初から書くのと他人のものを直すのは全然違う。スポーツだってプロとアマはまるでレベルが違う。文章の世界でも、プロにはその業界のルールがあり、そのルールを踏まえた上で、また登るべき山が途方もなくそびえているのだった。

ずっとライターをやっていこうなんてこれっぽっちも思っていなかったし、それどころか、こんなにギャラが安い世界に入ってはいけないとすら思っていた。それでも、そんなものがあるなんて思ってもいなかった文章術なるものの存在に、ショックを受けるよりも逆にワクワクした。目の前にいきなり出現した山に登ってみたかった。こうして、かつて麻雀にハマったように、ライターという仕事にもハマったのだった。

じつをいうと、文章作法なんて文章を書く上ではそんなに重要なものではない。無意味な業界慣習にすぎない部分も多く、最近ではなるべく忘れようと思っているくらいだ。それはネット発の作家やライターが多数いることからも明らかだろう。だが、そのことを理解するために、文章読本の類を片っ端から読むという迂遠な道をその後何年もかけて通ったのだった。

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2006年6月21日 (水)

【つぶ】不確かへの誠実さ

知ってることと知らないこと、確かなことと不確かなこと、説明できることとできないこと、客観と主観、事実と感情。

こういったものを細かくより分けて、確かなことだけを集めて、そこから自分の考えを構成していく。これがすべての知的作業の基礎となる。確かと不確かの正確なより分けができなくなったら、その基盤はガタガタになってしまう。

若いころ、歳を取るのが怖かった。歳をとるって、こういう誠実さが失われることじゃないかと思っていた。自分はいつまで誠実にいけるのか、まるで自信が持てなかった。

誠実さを失った人ほど知的なんて言葉が好きだったり、あるいは主観を極端に肥大化させその世界の中で生きている。いつの日か自分もあっち側の世界に行く日が来るんだろう。それが歳をとるってことなんだ。そう思っていた。

女性は歳をとってもあっち側に行かない人も多いけど、男性は大半が向こう側に旅立ってしまう。そんなことを思うようになったのは中1か中2のときだった。

さて、その年代では想像もつかなかったほど歳をとった今、自分が確かと不確かを誠実に分けられなくなったかというと、そんな気はしない。少し甘くなった気はする。だが少しにすぎない。

1年ほど前に読んだ本に、こんなことが書かれていた。(要旨)

「知性はそう簡単に老化しない。心配しなくていい。だが感情は簡単に老化する。こっちはやばい。とくに社長とか、先生とか、会長とか、そう呼ばれる立場になったら注意しろ。自分の言うことを聞かない人を意識的にそばに置くくらいじゃないと危険だ。シャープな助教授が教授に昇進して1年もすると頓珍漢なことを言い始める。感情の老化はあっという間だ」

この本を読んだとき、数十年来の疑問が解けた気がした。そして歳をとることへの恐れがかなりなくなった。オレは大丈夫なんじゃないか。

歳をとることと誠実さが失われることは直接には関係がない。歳をとること=知恵がつくこと、そんな甘ったるい価値観も世の中から薄れてきた。

地道に生きていけば、心も地道なんじゃないか。歳をとったら自分が自分でなくなるという恐れから、かなり自由になった気がする。

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2006年6月20日 (火)

【つぶ】読書のプロ

どんなことにもプロはいるもんで、読書にもプロは存在する。

ライターに必要な能力は取材力と表現力だが、その取材力の一部として、高い読書力を持っている人もいる。たとえば立花隆などはその典型で、毎日膨大な本を読んで暮らしている。評論家と呼ばれる人にはこういうタイプが多い。

もっとはっきりしたものとしては、大学の文系教官が挙げられる。彼らの研究室に行ってみると、部屋中に本があふれている。これ全部読んでるのかよ、はったりじゃねーの? と思ってしまうが、彼らの専門に関する知識というのはすさまじいもので、全部読んでるかどうかは知らないけど、読書のプロであることは間違いない。

以前「大学教授になる方法」みたいな本を読んでいたら、こんなことが書かれていた(要旨)。

最近は、国家公務員、新聞記者、芸能人など、異業種から大学の教官になる人が多い。彼らは普通の研究者にはない経験を持っていて、大学を活性化させるのだが、ひとつ問題点として、2年くらいでネタが切れてしまう。年に何十コマも授業するというのは大変なことで、若いときからそのストックを作っていないと、なかなか厳しいものがある。

なるほどなーと思ったもんだ。たとえば、ぼくは麻雀の本ならけっこう読んでいるのだが、もともとロクな本がないことも大きいけど、もしハウツー系以外の授業をやったとしたら、すぐにネタが尽きると思う。

世の中に読者家というのはいるもので、例えばぼくの知り合いに毎日2冊を読むヤツがいた。そういう人がプロになるかといえば、かならずしもそういうものではない。プロは読書をアウトプットにつなげるからプロなのであって、ただ娯楽として読んでいる限り、量がいくら多くても関係ない。

バートランド・ラッセルだったと思うけど「目的のない読書は散策にすぎない」というフレーズがあって、この言葉通り、何かを知るという目的を持って読むのがプロの読書だ。ちなみに、この知り合いはぼくと一緒にフリーライターをやっていて、途中で実家に帰って印刷屋を継いだ。

子どものころ、評論家みたいな人の本しか読まない父親(読書に関してはまったくのパンピー)に、なぜそんな本ばかり読むのか聞いたことがある。

「お話を読んだって何にもならないからね」

その答えに、なんちゅー情緒のない!と思ったものだが、ぼくも大人になって、評論家みたいな人の本ばかり読むようになった。

とまあそういうわけで、読書にもプロは存在するし、ぼくの読書力はプロには遠く及ばない。麻雀を覚えなかったら、あと千冊くらいは読んでたんじゃないかね。

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2006年6月19日 (月)

【つぶ】女心って?3

「女心って?」(チューリップハット版)に登場してる友だちに、そこに書いた内容とレス一式(ミクシィ時のもの)をメールして意見を聞いてみた。彼女は女心について開眼させてくれた師匠なのだった。

「みんな、わかってないよね~ヽ(^。^)丿」

「え、なにが?(;゚д゚) 」

「大人になると消えてくもんだって意見が多いようだけど、そーいうもんじゃないんだよね~ヽ(^。^)丿」

「ってことは、今でもそーだと?(;゚д゚) 」

「あのころの私って今より気持ちが老けててさ、一瞬で彼の本質が見抜けちゃったのよね~ヽ(^。^)丿」

「チューリップハットが彼の本質なの?(;゚д゚) 」

「全部がダサかったらそれでいーのよ。でもズボンとか自分で選んだ他のところはよかったのに、お母さんから渡されたチューリップハットだけがダサかったのよね~ヽ(^。^)丿」

「それがなぜ本質と?(;゚д゚) 」

「つまりさー、彼が凡庸な男ってゆーか、陳腐な男だって、その一瞬でわかっちゃったのよ~ヽ(^。^)丿」

「な、なぜに断定できるの?(;゚д゚) 」

「同級生からその後の情報を聞くと、型にはまった人生を送ってるみたいだし、きっと今でもポロシャツの襟を立ててたりするんじゃないの~ヽ(^。^)丿」

「そ、そーゆーもん?(;゚д゚) 」

「10代のころって、そーゆーことを瞬時に見抜いちゃうのよ~ヽ(^。^)丿」

「そ、そーなんすか?(;゚д゚) 」

「彼には気の毒なことしちゃったけど、でもしょーがないよね~。だってつまんない男なんだもーんヽ(^。^)丿」

「ひ、ひどくない…?(ToT)」

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2006年6月18日 (日)

【つぶ】女心って?2

知り合いの麻雀マニア(♀)から聞いた話。

彼女は、同じ麻雀サークルに属していた男性Sさんが大のお気に入り。いつも「きゃー、Sさん素敵~」と声に出して騒いでいたという。

しかしあるとき、その気持ちが一気に萎えてしまった。その理由はSさんの打った麻雀にあるのだった。彼が理由もなく中張牌(チュンチャンパイ)同士のシャンポン待ちでリーチしてたという。

たしかにタコな打ち筋ではある。彼女は競技麻雀のマニアだから、それで一気に覚めてしまった。それ以降は口をきくのも避けるよーになったとか。

「そ、それって、ひどくない?(;゚д゚) 」

「うん、ひどいよね~ヽ(^。^)丿」

「彼は理由わかってるの?(;゚д゚) 」

「言ってないもーんヽ(^。^)丿」

「その彼って、どーいうところが素敵だったの?(;゚д゚) 」

「なんかねー、すごくフツーなところがよかったんだよね~ヽ(^。^)丿」

「な、なんじゃ、そりゃー!!!!(;゚д゚) 」

彼女は30代前半くらい、Sさんは30代後半くらいの出来事です。

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2006年6月17日 (土)

【つぶ】女心って?1

女心とはどういうものか?

ぼくが初めてわかった気がしたのは、友だち(♀)から中学時代のエピソードを聞いたときだった。

「あたしね、そのとき同じクラスの男の子が好きだったのね。付き合ってるっていうんじゃなかったけど、よく話してて、けっこう仲良かったのね」

「うん」

「あるときね、休みの日に何人かでボーリングに行こうってことになったのよ。そのとき彼も一緒だったんだけど、彼ってチューリップハットをかぶってきたのね」

「ああ、はやったよね」

「たぶん、お母さんからかぶってきなさいって言われたんじゃないかと思うんだけど、それがすっごくダサかったのね。それ見たときに、こんなダサい人やだって彼への興味がパッとなくなっちゃったのよ。それからもう話しなくなっちゃった」

「えっ、彼は理由わかってるの?(;゚д゚) 」

「わかんないんじゃないかな~ヽ(^。^)丿」

「いきなり無視って、それひどくない?(;゚д゚) 」

「ひどいよね~。でもしょーがないじゃんヽ(^。^)丿」

「説明してあげないの?(;゚д゚) 」

「そんなこと言いたくないもんヽ(^。^)丿」

この天変地異のような不条理!
この話を聞いたとき(ぼくはすでに結婚後だったけど)、初めて女心ってもんがわかった気がした。ひどすぎ…( ̄w ̄)プッ

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2006年6月13日 (火)

【麻雀】学問としての麻雀テク

学問には、大きくいってふたつの種類がある。

ひとつは方法論が定まってるもの。たとえば数学とか。証明の方法が定まっていて揺るがない。

もうひとつは、分野が定まっていて、方法論は何でもいいもの。たとえば心理学とか。夢解釈を繰り広げてもいいし、人間を監禁して実験を繰り返してもいい。何でもあり。

新しい方法論が登場することによって、様相が丸っきり変わるものもある。たとえば人類学は、DNA解析が進んで新しい世界になった。

だから、上のふたつの分類で、どちらが意味ある定義かと言えば、じつは後者なんだよね。前者はたまたま方法論がひとつになってるだけ。

さて、例によって麻雀の話になるんだけど、麻雀の技術って、若い頃はある程度は体系的なものかと思っていた。自分の頭の中では整理されていると思っていたから。

でも最近では、麻雀の技術って博物学的な寄せ集めなんじゃないかって思うことが多い。そこに体系は存在するんだろうか。

統計派の人が推し進める戦術の再構築。それが進んだとき――それは論理的な体系とは別物ではあるけれど――、体系と同じ役割を果たすんだろうか。いや、それはやっぱ別物だよな。

麻雀の魅力って乱雑さの中にあり、容易に解析を許さないよね。てなことを、ぼんやりと思う。

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2006年6月11日 (日)

【本】『瀬川晶司はなぜプロ棋士になれたのか』

『瀬川晶司はなぜプロ棋士になれたのか』って本を読んだ。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4309268897/

ごぞんじ、サラリーマンから将棋プロになった人の話。

この本は、彼がいかに夢をかなえたかがテーマであるように思える。しかし、さにあらず。じつは、主役は瀬川さん本人ではなく、いかに将棋界という古い体質の世界が、構造改革に向かったかという話なのだ。

将棋連盟の収入は落ち続けており、ついに赤字に突入。ファンも減り続けている。将棋プロは自分の勝ち負けにしか興味ない人が大半で、団体の運営などには関心がない。しかし現状のままいくと、近い将来、自分たちは食えなくなってしまうのではないかという危機感が育ちつつあった。

そんな折に、瀬川さんという卓越したアマチュアがプロになれるかという社会的なムーブメントが起きた。そのとき、将棋連盟の会長選挙があって、保守的な中原会長から、革新的な米永会長に代わった。派手好きな米永会長は、瀬川さん事件を利用して、彼が受けるプロテストをイベント化し、マスコミの目を引き、将棋界の将来につなげようとする。

そんな話だ。

この本は、プロ将棋界の仕組みについて、ものすごくよく描き出している。たとえば、瀬川さんのプロテスト第4局は中井広恵さんが相手だったが、この勝負には、瀬川さんのプロ入りと女流棋界の待遇改善が二者択一で賭かっていたことが示されている。中井さんは一手のミスで敗れ、女流棋界の待遇改善は連盟総会の議題に上らなくなってしまった。

将棋のプロは厳しい勝負の世界に生きているが、彼らが将棋に没頭するためには、その生活を保証する仕組みが必要になる。その仕組みが世の中の常識と合わなくなってきており、構造改革が必要になっている。プロより強い人がなぜプロになれないのか。その疑問に対する将棋界の答えは、世間を納得させられなくなってきているのだ。

将棋界の財政面まで踏み込んだ記述では、これほどの本は読んだことがない。瀬川さん関係の本は、本人の自著も含めて5冊出ている中で、この本が一番売れているのもよくわかる。名前を知らない著者だが、感心してしまった。よくここまで聞き取り取材できたもんだ。

その一方で、なぜか読後感は盛り上がらない。なぜだろう。何かが足りない。そんなふうに感じてしまう。

将棋ノンフィクションには『真剣師小池重明』という傑作があって、これはもう本当にただ事じゃなく面白い。そういう傑作と比べることに問題があるといえばあるのだが、何かが足りないのだ。それは何だろう。しばらく考えてしまった。

まだ結論は出し切れないのだが、何点か。

この本には悪人が一人も出てこない。守旧派にも彼らの事情があることが丁寧に描き出されている。まだみんな生きてる人だしね。だが、それが手ぬるいのではないか。

著者の意見や立場がわからない。本文中には主観が交えられず、レンズに徹している。それでいて前書きも後書きもないから、著者の意見も立場もわからない。新聞記者のようなスタンスとはまた違って、個人の内面まで踏み込んでいる。それでいて、著者本人の考えは明かされないのだ。将棋界とは関係なさそうな著者が、どうしてこれだけのものを書けたのか、その事情もわからない。

人間が主人公ではない。読み手によっては、これが最大の問題だろう。ただし、ぼくにとっては、個人のことよりもそっちの方が興味あるので、これが根本ではないと思う。

結局、著者の書き方がまだ甘く、関係者の内面まで踏み込みながらも、その奥にあるドロドロした部分まで至っていない。これが物足りなさを感じさせるのではないか。じつは、一番単純なこの理由こそが有力なのではないかと思っている。著者はまだ30代だから情緒力が弱いのだろう。

とにかく最速で作ったのだろう。前書きや後書きがないのは、そんな理由じゃないか。類書とのスピード競争になるからね。そこらへんの事情は理解できる。それでも、すごくよく書けているのに、何か重要なスパイスが抜け落ちている、そんなことを巡って考えてしまうのだった。

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